万葉の旅

佐渡

2012/10/7
K20D


君の 命畏み 見れど飽かぬ 奈良山越えて 真木積む 泉の川の 早き瀬を 棹さし渡り ちはやぶる 宇治の渡りの
たぎつ瀬を 見つつ渡りて 近江道の 逢坂山に 手向けして 我が越え行けば 楽浪の 志賀の辛崎 幸くあらば
またかへり見む 道の隈 八十隈ごとに 嘆きつつ 我が過ぎ行けば いや遠に 里離り来ぬ いや高に 山も越え来ぬ

剣大刀(つるぎたち) 鞘ゆ抜き出でて 伊香胡山(いかごやま) いかにか我がせむ ゆくへ知らずて  
巻13−3240
剣を鞘から抜いた様にそびえる伊香胡山(賤ヶ岳)を眺めると、これから先の事が思いやられる。
反歌
天地(あめつち)を 嘆き祈ひ祷み(こひのみ) 幸(さく)くあらば またかへり見む 志賀の辛崎  巻13−3241
天地の神よ、嘆き、祈って、無事でいられるなら、また戻って来て見たいものだ志賀の唐崎を。
右の二首 ただし、この短歌は、或書には「穂積朝臣老(ほずみのあそみおゆ)が佐渡に配さえし時に作る歌」といふ

穂積朝臣老は、養老6年(722)、元正天皇を批判して斬首の刑を受けるが、首皇子(聖武天皇)の奏上により斬首を免れ、佐渡へ配流される。
伊香胡山や志賀の辛崎が詠まれていることから、配流されるときに琵琶湖上で詠んだものであろうか。
穂積朝臣老は、
天平12年(740)恩赦により帰京を赦されるが、佐渡への配流は18年におよんだ。

            
佐渡市小倉の物部神社に3241番の歌碑がある。物部神社は、穂積朝臣老が祖先を祀るために祠を建てたことが起源とされている。




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