万葉の旅

沙弥島さみねじま

2014/5/23-24
EOS 5D/24-105

讃岐の狭岑(さみね)の島にして、石の中の死人を見て、柿本朝臣人麻呂の作る歌一首 并せて短歌

玉藻よし 讃岐の国は 国からか 見れども飽かぬ 神からか ここだ貴き 天地 日月とともに 満(た)り行かむ
神の御面と  継ぎ来たる 那珂の港ゆ 船浮けて 我が榜(こ)ぎ来れば 時つ風 雲居に吹くに 沖見れば とゐ波立ち
辺見れば 白波騒ぐ 鯨魚(いさな)取り 海を畏み 行く船の 梶引き折りて をちこちの 島は多けど 名ぐはし 狭岑の島の
荒磯面に 廬(いほ)りて見れば 波の音の 繁き浜辺を 敷栲(しきたへ)の 枕になして 荒床に 自臥(ころふ)す君が 家知らば
行きても告げむ 妻知らば 来も問はましを 玉鉾の 道だに知らず おほほしく 待ちか恋ふらむ 愛しき妻は 巻2−220

反歌二首

妻もあらば 摘みて食(た)げまし 沙弥の山 野の上のうはぎ 過ぎにけらずや 巻2−221

沖つ波 来寄る荒磯を 敷栲の 枕とまきて 寝(な)せる君かも 巻2−222

柿本人麻呂が詠んだ狭岑の島は沙弥島のことで あり、瀬戸大橋記念公園の北に飛び出した半島で、今は陸続きになっている。
沙弥漁港を過ぎて、沙弥小中学校の先まで車で行け、突き当たりに駐車場がある。
駐車場のすぐ東がナカンダ浜で、草原に瀬戸大橋を背に形のよい木が一本たっている。
ここは、縄文時代前期から古墳時代にかけてのナカンダ浜遺跡の場所である。



遊歩道を北へ進むと、柿本人麻呂の万葉歌碑がある。


万葉歌碑の先に展望台があり、美しい浜が見え、左手に人麻呂碑、右手に瀬戸大橋。

砂浜の北端に、人麻呂碑がある。

この碑は坂出出身の小説家中河与一が建立したもので、「恋愛無限」という小説で、沙弥島を場面設定したことがきっかけのようである。


人麻呂碑の裏には、中河与一の文章が刻まれた石板が貼り付けられている。日付は昭和11年10月。
 

歌に出てくる「那珂の港」は「中の水門」で、丸亀市の金倉川河口付近とされている。
「中の水門」があったとされる付近の中津万象園内に、万葉仮名の歌碑がある。ちなみに、中津万象園の入園料は丸亀美術館込みで1000円。


昭和11年(1936)、丸亀城址をおとずれた吉井勇は、人麻呂が立ち寄った沙弥島を遠くに望んで
歌を詠んだ。その歌碑が三の丸跡にある。
人麿の 歌かしこしと おもひつつ 海のかなたの 沙弥島を見る


丸亀城址から沙弥島を見る。タワーのむこうに見える緑の島が沙弥島。