万葉の旅

志賀

07.8.21
*istDS2


志賀島塩見公園展望台から海の中道を見る。展望台下に歌碑がある。
志賀の浦に いざりする海人あま 明け来れば 浦廻うらみ漕ぐらし 梶の音聞こゆ 巻15−3664

古代から舟人の守護神である志賀海神社の参道に、「志賀の皇神」の万葉歌碑がある。

ちはやぶる を 過ぎぬとも
我れは忘れじ 
志賀し かの皇神すめかみ  巻7−1230


遣新羅使が筑紫館滞在中に詠んだ歌碑が、志賀中学校と志賀島小学校にある。


←西戸崎の志賀中学校校門脇の歌碑。
 之布江かしふえに たづ鳴き渡る 志賀の浦に 沖つ白波 立ちしらしも
 巻15−3654




志賀島の志賀島小学校玄関脇の歌碑。
志賀の浦に いざりする海人あま 家人いへびとの 待ち恋ふらむに
かし釣る 巻15−3653


国民宿舎「しかのしま苑」裏の歌碑。


荒れ浜の歌碑。


蒙古塚近くの歌碑。

刻まれている歌は左から順に。

志賀海人あま 釣し燈せる いざり火の
ほのかに妹を 見むよしもかも
 巻12−3170

沖つ鳥 といふ船は 也良
たみて
と 聞こえぬかも
巻16−3867

志賀海人あま 塩焼く煙 風をいたみ
立ちは上らず 山にたなびく
 巻7−1246

志賀島の北端に近い大崎鼻の丘陵に草に埋もれそうに歌碑が建っている。
歌に詠まれている荒雄は志賀島の漁師で、対馬に駐留している防人の食料として米を運ぶため、五島福江島の三井楽の港より、
「鴨」という名の船で出港したが、台風によって船員もろとも海中に没してしまった。万葉集には荒雄を詠んだ歌が10首ある。



志賀の山 いたくなりそ 荒雄あらをらが
よすかの山と 見つつ
しのはむ 巻16−3862

国民休暇村本館東、荒雄の碑と万葉歌碑。

沖津島が見える海岸の雑木林の前の万葉歌碑。
  
に 小船引きへ かづくとも 志賀海人あま 藻刈り塩焼き 暇いとまなみ
志賀に はめやも 巻16-3869 くしげの小櫛をぐし 取りも見なくに 巻3−278