万葉の旅

竹敷たかしきの浦

2015/5/11-12
PENTAX K-7

奈良時代の736年、阿倍継麻呂(あべのつぐまろ)が大使に任命された遣新羅使一行は、万葉集第15巻に多くの歌を残している。
対馬では、風待ち・潮待ちのため浅茅湾東岸の玉調
(たまつげ)、小船越(こふなこし)、竹敷などに滞在した。 

 竹敷の漁港。

竹敷の浦に碇泊した時、思い思いに心持ちを陳べた歌十八首

あしひきの 山下光る 黄葉の 散りの乱ひは 今日にもあるかも  巻15−3700
右の一首は大使阿倍継麻呂
竹敷の 黄葉を見れば 我妹子が 待たむと言ひし 時ぞ来にける  巻15−3701
右の一首は副使大伴三中(みなか)

竹敷の 浦みの黄葉 我れ行きて
帰り来るまで 散りこすなゆめ  
巻15−3702
右の一首は大判官壬生宇太麻呂

竹敷の浦のもみじよ
わたしが新羅へ行って帰ってくるまで
散らないでほしい


厳原町北里の上見坂(かみざか)公園
芝生広場にある歌碑。
白い石に金文字、光線状態も悪く、字がよく見えない。
 

竹敷の 宇敝可多うえかた山は
紅の 八しほの色に なりにけるかも  
巻15−3703
右の一首は少判官大蔵麻呂


竹敷の上方山は
紅で幾度も染め上げたような色になっている


美津島町竹敷の金比羅神社石段横に歌碑がある。
 

黄葉の 散らふ山辺ゆ 漕ぐ船の にほひにめでて 出でて来にけり  
巻15−3704
竹敷の 玉藻靡かし 漕ぎ出なむ
君がみ船を いつとか待たむ  
巻15−3705
右の二首は対馬娘子玉槻(つしまのおとめたまつき)

竹敷の玉藻をなびかして漕ぎ出すあなたの船が
いつ来るだろうかと待っています


美津島町対馬空港南の石屋根民家が置かれた
小公園の入口付近にある歌碑。

 


玉調(たまつげ)の浦。玉槻の歌はこのあたりで詠まれたものとされている。
右手寄りに像が見えるのは「真珠貝の塔」という石造りの女人像で、真珠貝の供養のために建てたものである。


玉敷ける 清き渚を 潮満てば 飽かず我れ行く 帰るさに見む  
巻15−3706
右の一首は大使
阿倍継麻呂
秋山の 黄葉をかざし 我が居れば 浦潮満ち来 いまだ飽かなくに  
巻15−3707
右の一首は副使大伴三中
物思ふと 人には見えじ 下紐の 下ゆ恋ふるに 月ぞ経にける  
巻15−3708
右の一首は大使阿倍継麻呂
家づとに 貝を拾ふと 沖辺より 寄せ来る波に 衣手濡れぬ  巻15−3709

潮干なば またも我れ来む
いざ行かむ 沖つ潮騒 高く立ち来ぬ  
巻15−3710

潮が干たらまたわたしは帰って来よう
さあ行こう沖の潮鳴りも音高くなってきた

美津島町万関橋北の桜の木の下にある。
 

我が袖は 手本通りて 濡れぬとも 恋忘れ貝 取らずは行かじ  
巻15−3711
ぬばたまの 妹が干すべく あらなくに 我が衣手を 濡れていかにせむ  巻15−3712
黄葉は 今はうつろふ 我妹子が 待たむと言ひし 時の経ゆけば  巻15−3713
秋されば 恋しみ妹を 夢にだに 久しく見むを 明けにけるかも  巻15−3714
ひとりのみ 着寝る衣の 紐解かば 誰れかも結はゆ 家遠くして  巻15−3715
天雲の たゆたひ来れば 九月の 黄葉の山も うつろひにけり  巻15−3716
旅にても 喪なく早来と 我妹子が 結びし紐は なれにけるかも  巻15−3717