万葉の旅

高角山

07.8.7
*istDS2


登山口から標高470mの島の星山(高角山たかつのやま)を見る。

島の星山登山口から1kmほど北に、大変質素な人丸神社がある。
平成18年(2006)、ここに柿本人麻呂と妻
依羅娘子よさみのをとめの銅像と記念碑が建てられた。

依羅娘子像の正面に柿本人麻呂像があるが日陰で見えない。

依羅娘子像を横から見る。後方に歌碑と人丸神社。

柿本朝臣人麻呂が妻依羅娘子、人麻呂と相別るる歌一首
な思ひと 君は言へども 逢はむ時 いつと知りてか
我が恋ひずあらむ
  依羅娘子 巻2−140

柿本朝臣人麻呂、石見の国より妻に別れてり来る時の歌
のや 高角山の より 我が振る袖を 見つらむか

柿本人麻呂  巻2−132

都野津町の柿本神社には、万葉学者犬養孝先生の揮毫の歌碑がある。
 石見乃也 高角山之 木際従 我振袖乎 妹見都良武香

二宮町の「二宮交流館」に依羅娘子生誕伝承の里の石碑と依羅娘子(恵良媛)の由来という説明板がある。
石碑の裏には依羅娘子の歌が2首刻まれている。説明板には次のように書かれている。

「およそ1300年の昔、角の里(現在の二宮町)の恵良に那賀郡の郡庁があった頃、石見の国の初代国守
 として、柿本人麻呂が都より赴任したおり、恵良の豪家の娘で人麻呂に請われて妻になった人である」


柿本朝臣人麻呂が死にし時に、妻依羅娘子が作る歌二首
今日今日と 我が待つ君は 石川の かひまじりて ありといはずやも 巻2−224
今日こそは今日こそは私が待っているあなたは、石川の谷にでも紛れ込んでいるのでしょうか。
ただに逢はば 逢ひかつましじ 石川に 立ち渡れ 見つつしのはむ      巻2−225
じかにあなたとお逢いすることはもうできない。石川に雲よ立ち渡れ、それを見ながらあなたを偲びます。