万葉の旅

多芸たき

2012/10/14
EOS 5D
                           

美濃の国の多芸に行宮して、大伴宿禰東人が作る歌一首
いにしへゆ 人に言ひ来る 老人の
をつといふ水ぞ 名に負ふ滝の瀬  
巻6−1034
昔から言い伝えられて来た老人が若返ると言われている水ですぞ、その名高い滝の瀬は。

大伴宿禰家持が作る歌一首
田跡(たど)川の 滝を清みか いにしへゆ
宮仕へけむ 多芸の野の上に  
巻6−1035
田跡川の滝が清らかだったから昔から宮仕えして来たのであろう、多芸の野に。





                      

 
 養老公園内の1034番・1035番の歌碑

この滝は養老の滝のことで、説明板には元正天皇行幸のことなどが書かれている。


養老の滝は、「日本の滝百選」並びに環境庁の「名水百選」に選ばれている名瀑、名水です。
また、水がお酒になった親孝行「養老孝子伝説」など故事来歴のある優れた霊水です。

奈良時代、元正天皇は「万病を癒す薬の水」との報告を受けられ、美濃の国多度山の美泉に行幸されました。
史書「続日本書紀」に記されている元正天皇のお言葉があります。

「自分で手や顔を洗ったら、皮膚はつるつると綺麗になり、痛むところも治った。また、この水を飲み、浴した人は、白髪も黒くなり、はげた髪も新しく生え、見えにくくなった目も明るくなった。目出度いことです。この水は、真に老いを養う若返りの水です」
元正天皇は、「醴泉は、美泉なり。以って老いを養うべし。蓋し水の精なればなり。天下に大赦して、霊亀三年を改め、養老元年と爲すべし」と詔なさって、西暦717年の年号を「養老」と改められました。

名水百選「養老の滝、菊水泉」の、「菊水泉」は、滝から約500m下の養老神社境内にあります。
今では、滝の泉が上と下に分かれていますが、もとは滝の瀬として一つの流れでした。
養老山から流れる水は、石灰岩層を浸透してきたもので、炭酸分やミネラルを含み爽やかで甘美な水です。
                                                      

元正天皇行幸遺跡。碑の裏に1035番歌が刻まれている。
                               
 
養老の滝は大変知名度が高い滝であるが、数々の滝を見てきた筆者にとってはあまり魅力を感じなかった。
                        

養老の滝前の広場にある「養老美泉辯碑」には、1034番・1035番の歌
が刻まれている。

滝前広場にある養老の滝伝説が書かれた「続日本紀標柱」にも、1034番・1035番の歌が刻まれている。
                            

ほととぎす なほも鳴かなむ 本(もと)つ人
懸けつつもとな 我(あ)を音(ね)し泣くも
元正天皇 巻20−4437

世間を 何に譬へむ 朝開き 漕ぎ去にし船の 跡なきがごと
しらぬひ 筑紫の綿は 身に付けて いまだは着ねど 暖けく見ゆ
沙弥満誓 巻3−351・巻3−336