万葉の旅

礪波となみの関

2010/5/20
K-7
                             

天平感宝元年五月の五日、東大寺の占墾地使の僧平榮等を饗(あへ)する時、守大伴宿禰家持が、酒を僧に送れる歌一首
焼大刀やきたちを 礪波となみの関に 明日よりは 守部もりべ遣り添へ 君を留めむ

大伴家持 巻18−4085

焼き鍛えた大刀を磨くという名の砺波の関に、明日からは番人を増やして貴方を引き留めよう。

倶利伽羅峠へ向かう坂道の途中にある万葉公園入口より少し下った広場にある。立派な歌碑で、そばには鹿のブロンズ像がある。


倶利伽羅峠への入口付近・地蔵堂前に立つ新旧の礪波の関跡の石碑。
左は明治42年(1909)、右は平成12年(2000)の建立。
どちらにも、焼太刀を〜の歌碑が刻まれている。

砺波の関は和銅5年(712)に越中と加賀の国境付近に設けられたと推定され、
鼠ヶ関、愛発の関と共に「越の三関」のひとつと言われている。



近くの農村風景。