万葉の旅

筑紫館つくしのむろつみ

07.9.26
*istD

2007年は旧平和台球場で鴻臚館
こうろかん跡が発見されてから20年になる。
博多は自然の良港に恵まれ、奴国の時代より外交の玄関口として、様々な文化や人々の往来の場所だった。
やがて、 「遠の朝廷」大宰府の 外交施設として筑紫館(後の鴻臚館)が置かれ、
外国の使節を迎え、国内から使節を送り出した。
近年、鴻臚館という名でよく知られるようになったが、万葉の時代には筑紫館とよばれていた。
                                                                   

鴻臚館跡に建つ鴻臚館跡展示館。

鴻臚館想像図。


鴻臚館跡展示館には発掘したときのまま保存されている。
                    


鴻臚館の建物の礎石。
                       

福岡城内舞鶴公園にある巨岩に刻まれた「ひぐらし鳴きぬ」の歌碑。

福岡市博物館で「古代の博多・鴻臚館とその時代」という特別展が開催されていた。

今よりは づきぬらし あしひきの
山松蔭に ひぐらし鳴きぬ
 
巻15−3655
これからは秋になったに違いない
山の松かげにひぐらしが鳴いている。
難波から筑紫へ着いた遣新羅使が、秋の感傷の中で望郷の思いを詠ったものであろう。