万葉の旅

角島

07/7/18
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角島の迫門せと、現在は海士ヶ瀬戸と呼ばれている。2000年11月に全長1780mの角島大橋が完成。正面に見えるのは鳩島 。


  
角島小学校の運動場、校舎に向かって右手に万葉歌碑がある。
角島の 迫戸せとの稚海藻わかめは 人のむた 荒かりしかど 我れとは和海藻にきめ 巻16−3871
角島の瀬戸のわかめは他人には荒々しくてなびかなかったが、私には優しく素直であった。
中央から派遣された防人が、角島の純情な乙女をわかめになぞらえて詠んだものである。
角島は古来から良質のわかめの産地で朝廷にも献上された。往復1ヶ月かけて都へ運んだという。

角島小学校の近くに咲いていた昼顔。


西北端の夢ヶ崎→
積み石で囲まれた不思議な空間があり、ハマユウの
花が咲いていた。例年に比べ花が少なかった。


         


角島大橋へ向かう途中の左手に神田小学校がある。万葉歌碑は、校門を入ってすぐ左手の植栽の中にある。幅2mくらいの大きな歌碑で、素朴なタッチの字で書かれている。

昨日こそ船出はせしか
鯨魚
(いさな)取り比治奇(ひぢき)の灘を
今日見つるかも 
巻17−3893
昨日船出をして、今日は比治奇の灘まで来ました。

比治奇の灘は、響の灘の古名とされている。
山口県下関市の西方海域と兵庫県高砂市の南方海域の2か所に同じ名の海域があるが、この歌が詠まれたのがどちらの海域なのかは不明。

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本州最西端・毘沙ノ鼻に立つ万葉歌碑。  壁紙1024×768


毘沙ノ鼻の5kmほど沖の蓋井島(ふたおいじま)が沖つ借島ではないかとされている。
長門なる沖つ借島奥まへて
が思ふ君は
千歳にもがも
 巻6−1024
長門にある沖の借島のように、心の奥に深く思って
いるあなた様は千年も長生きしてもほしいものです。

天平十年(738)八月二十日、右大臣橘諸兄の家で
催された宴に出席した時の歌で、長門の国守が詠
んだとされている。

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