万葉の旅

歌姫越え

2011/2/27
PENTAX K-7/17-70



佐保過ぎて 奈良の手向に 置く幣ぬさは 妹を目離めかれず 相見しめとそ
長屋王 巻3−300
佐保を過ぎて奈良山の手向の神に幣をささげるのは、妻にいつも逢わせて下さいと祈る気持ちからなのです。

平城宮跡の北、佐紀町交差点から北へまっすぐに延びる県道751号 は、古道「歌姫街道」を踏襲した道路である。
壬申の乱で大友皇子が近江から飛鳥へむかう際にここを越え、平城京造営のときには建築資材が運ばれた。

昭和16年(1941)秋、ここを通った作家の堀辰雄は『大和路』の中で、次のように書いている。
僕はすこし歩き疲れた頃、やっと山裾の小さな村にはいった。歌姫という美しい字名だ。
こんな村の名にしてはどうもすこし、とおもうような村に見えたが、ちょっと意外だったのは、その村の家がどれも普通の農家らしく見えないのだ。
大きな門構えのなかに、中庭が広くとってあって、その四周に母屋も納屋も家畜小屋も果樹のならんでいる。
そしてその日あたりのいい、明るい中庭で、女どもが穀物などを一ぱいに拡げながらのんびりと働いている光景が、ちょっとピサロの絵にでもあ
りそうな構図で、なんとなく仏蘭西あたりの農家のような感じだ。

         

歌姫町のバス停を北へ過ぎた辺りから急に細くなり、古い民家が点在
する。交通量は多く、街道がやや上り坂になったところにある添御縣坐
神社(そうのみあがたにいますじんじゃ)には、長屋王の歌碑がある。




奈良市保存樹のクスの木がある添御縣坐神社付近。

          

街道の東にあるハジガミ池畔。

別れ道の地蔵。お堂の両側を頻繁に車が通過する。


街道沿いの民家。