万葉の旅

和束杣山わづかそまやま

2018/6/25
EOS 6DU/24-105


十六年甲申の春の二月に、安積皇子の薨ぜし時に、内舎人大伴宿禰家持が作る歌

かけまくも あやに畏(かしこ)し 言はまくも ゆゆしきかも 我が大君(おおきみ) 皇子(みこ)の命(みこと) 万代(よろづよ)に 見したまはまし
大日本(おおやまと) 久邇の都(くにのみやこ)は うちなびく 春さりぬれば 山辺には 花咲きをゐり 川瀬には 鮎子さ走り
いや日異(ひけ)に 栄(さか)ゆる時に およづれのたはこととかも 白栲に 舎人(とねり)よそひて 和束山 御輿立たして
ひさかたの 天(あめ)知らしぬれ こいまろび ひづち泣けども せむすべもなし
巻3−475

我が大君(おおきみ) 天(あめ)知らさむと 思はねば おほにぞ見ける 和束杣山 巻3−476

はしきかも 皇子(みこ)の命(みこと)の あり通(がよい)ひ 見(め)しし活道(いくぢ)の 道は荒れにけり 
巻3−479


安積皇子(あさかのみこ)の墓は小高い丘の上にあり、まわりではお茶が栽培されている。日よけの黒い布が墓を象徴しているようにも見える。


近くに活道ヶ公園があるので、公園になっている山が活道山ではないかと思うが、定かではない。
活道ヶ公園と刻まれた石碑の下部に、476番歌が刻まれている。


我が大君(おおきみ) 天(あめ)知らさむと
思はねば おほにぞ見ける 和束杣山
巻3−476


我が主君がそこに埋葬されようとは思いもしなかったので、
おろそかに見過ごしてきた、この和束の杣山を。

 





和束町はお茶の一大生産地、あちこちに茶畑がある。

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