万葉の旅

「山の辺の道」の歌碑

10/3/23,24
PENTAX K-7
           

         
やまとは  くにのまはろば  たたなづく青がき
山ごもれる  大和しうるわし

倭建命 古事記

大和の国は国々の中で最も優れた国だ。
重なって青々とした垣のように国を囲む山々。
大和は美しい。


大神神社宝物館近くにある。
万葉集におさめられている歌ではない。
黛敏郎氏の揮毫で、五線譜が刻まれている。

          
狭井河よ 雲立ちわたり 畝火山
木の葉騒ぎぬ 風吹かむとす

伊須気余理比売 古事記
狭井河の方から雲がわきおこり、
畝火山の木の葉が騒いでいる。
風の吹く前触れでしょう。

狭井神社の少し北、狭井川付近。
これも古事記の中の歌である。
山の辺の道が石畳で美しく舗装されていた。


          

あし原の しけしき小屋に すがだゝみ
いやさや敷きて わが二人寝し

神武天皇 古事記
葦のいっぱい生えた野原の粗末な小屋で、
菅で編んだ敷物をすがすがしく幾枚も敷いて、
私たち二人は寝たことだった。

「狭井河よ」の歌碑の少し北にある。
これも古事記の中の歌である。

          
山吹きの 立ちしげみたる 山清水
酌みに行かめど 道の知らなく

高市皇子 巻2−158
山吹に取り囲まれた山の清水がある。
それを汲むために
行きたいと思うが、
その道を知らない。


高市皇子が、急死した十市皇女に捧げた挽歌
三首のうちの一首。皇女は、山吹の花が咲き、
泉の湧き出す美しい地にいる。


歌碑は玄賓庵付近にある。
日本画家・安田靫彦氏の揮毫であるが
字が小さくて読みづらい。

いにしへの 人の植ゑけむ 杉が枝に 霞たなびく 春は来ぬらし 柿本人麻呂 巻10−1814
古の人が植えたのであろう、その杉の枝に霞がたなびいている。春が来たらしい。
桧原神社近くの椿の下にある。
          

          
巻向まきむくの 山邊とよみて 行く水の 
みなあわの如し 世の人われは

柿本人麻呂 巻7−1269
巻向の山辺を響かせて流れて行く川の泡のような
ものだ。このうつし世の人間である私は。

向(まきむく)川沿いの民家の前にある。

          
三諸みもろの その山なみに 子らが手を
巻向山は 継ぎしよろしも

柿本人麻呂 巻7−1093
三輪山のその並びに、子らが手を巻くように
続く巻向山は、続き具合が好ましい。

穴師集落への分岐点付近にある。

          
天雲に  近く走りて 鳴る神の
見れば恐し 見ねば悲しも

巻7−1369
天雲の近くではじけて鳴る雷のように、
見ると恐れ多いし、見なければ悲しい。


歌人・会津八一氏の揮毫で、
大兵主(だいひょうず)神社にある。

         
巻向の 檜原もいまだ 雲居ねば
小松が末
うれゆ 沫雪あわゆき流る
柿本人麻呂 巻10−2314
巻向の檜原もまだ雲がかかっていないのに、
小松の梢から、もう淡雪が流れてくる。


文芸評論家・山本健吉氏の揮毫で、
相撲神社境内にある。

         
玉かぎる 夕さり来れば 猟人の
弓月が岳に 霞たなびく

柿本人麻呂 巻10−1816
夕暮れになったので、
弓月が岳に、霞がたなびいている。


崇神天皇陵付近。

         
衾道ふすまぢを 引手ひきでの山に 妹を置きて
山道
やまぢを行けば 生けりともなし
柿本人麻呂
 巻2−212
衾道を引手の山に妻を置き去りにして山道を
たどると、自分が生きているとは思えない。


引手の山に妻を葬った時の歌で、引出の山は
竜王山とされている。 
犬養孝先生の揮毫。
娘子らが 袖布留山ふるやまの 瑞垣みずがき
久しき時ゆ 思ひき我は

柿本人麻呂 巻4−501
娘子が袖を振る、その布留山の年を経た
瑞垣が久しい昔からあるように、ずっと前
から思っていたのだよ、わたしは。


石上神宮の鳥居をくぐってすぐ左手にある。
このあたりは昔から
布留とよばれる地で、
布留山の瑞垣は石上神宮の神垣をさしている。


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