眼鏡橋巡礼フォトギャラリー(11) 島原半島の眼鏡橋 04/10/17-18  PENTAX*istD/18-35  SONY/DSC-F828
   

島原半島の眼鏡橋といえば、唯一、小浜町の金浜眼鏡橋がよく知られているが、補修されてから以前のような素朴さが失われてしまった。

島原半島には32基の眼鏡橋が残っているそうで、その内、11橋が水の豊かな有馬川水系の北有馬町にある。1990年代はじめ眼鏡橋に関心が向いた頃、北有馬町の眼鏡橋をたずねてみたいと思ったことがあるが果たせなかった。

今回、島原鉄道の撮影の合間に、北有馬町など島原半島東部・南部の眼鏡橋の中から、状態や周辺環境がよさそうな6か所をたずねた。

 

北有馬町では眼鏡橋の標識が整備されている。

●面無橋おもなしばし(北有馬町今福名面無)江戸末期
島原半島で一番見たかった眼鏡橋である。自然石の眼鏡橋で、田園風景に溶け込んだ姿はとても美しい。




面無橋は幅5メートル足らずのアーチトンネルが開いているだけです。台風の豪雨のときは、壁石垣が谷間の小川を塞ぐため川が溢れ橋を越すことになります。自然石を積んだだけの面無橋は訳もなく崩壊するはずです。このことを知り尽くした石工は、堰き止めた水がアーチの下を少しでも速く流れるように工夫をしています。石橋のすぐ下の川床を2尺(60センチ)掘り下げているのです。洪水の流速を増して下流に引っぱる役目を持つ堰落し(せきおとし)は、予想以上の効果を上げています。石橋が谷間を堰き止めているにもかかわらず、洪水が溢れることもなく、今日まで石橋を安全に保ったのは、この工夫によるものと思われます。
北有馬町のHPより引用

●田中橋(北有馬町坂上下名田中)明治39年(1903)

美しいアーチだが、高欄が補修されパイプが通っているのが惜しい。

「たなか」と刻まれた親柱。
 

●元平橋(北有馬町坂上下名田中)大正10年(1921)
坂道を下ってゆくと、左手下にどっしりとした元平橋が見える。手前にセイタカアワダチソウが群生していてアーチの下半分は見えない。対岸には石垣が築かれ小公園が設けられている。

●オオイカリ橋(口之津町三軒屋区)明治40年(1907)
口之津町の眼鏡橋にはまったく標識が立っていない。
オオイカリ橋は、富士山方向へむかう国道389と広域
農道との合流点付近にある。

ここも周辺環境はよくないが、アーチはとても美しい。

●巌吼寺がんくうじ眼鏡橋(加津佐町厳吼寺境内)文政12年(1829)

2連の眼鏡橋がかかる薄暗い放生池にはあひるが一羽。
天草灘に面した海岸に立つ標高100mの岩戸山頂からは対岸の天草まで眺望でき、岩戸山の麓に曹洞宗の巌吼寺がある。


●津町の眼鏡橋(島原市津町)明治中期
上部がコンクリートで補修され、白い手すりが付けられて
いて状態はよくないが、眉山を背にし入江に影を映してい
る。すぐ近くには南島原駅があり島原鉄道が走っている。