眼鏡橋巡礼フォトギャラリー(2) ダムに浮かぶ眼鏡橋


大分県の野津町と臼杵市の境界を流れる臼杵川には、下流から上流にかけて音波橋、近戸橋、間戸川車橋がかかっている。音波橋と近戸橋は明治期に、間戸川車橋は江戸期に多額の資金と用役を費やして建造された。近戸橋はすぐ下流側にダムがあるため満水時には アーチが水に沈んでしまう。

国道10号線から臼杵飾磨崖仏へ向かう県道から少しそれた田んぼの中に間戸川車橋へ下る小径があり、雑木林の中に間戸川車橋記という苔むした橋碑が立っていて、碑面には500字にもおよぶ漢字で橋の由来が刻まれている。すべての眼鏡橋に橋碑が残っているわけではないが、当時、洪水に強い石橋の建造は住民の 悲願だっただけに、どの橋碑にも石橋完成の喜びが感じられる。

 
 祠と並んで立つ苔むした間戸川車橋記碑。

間戸川車橋はダムから少しはなれているため、橋全体が水面から出ている場合が多い。かつては藩道として利用され、140年以上もの間この谷のぬしのように存在を誇示してきたこの眼鏡橋は、橋面に雑草が生え両岸からは木が生い茂って、緑の中に眠ったようにたたずんでいる。


 
間戸川車橋
大分県野津町
1850年

 

近戸橋/大分県臼杵市/1893年
明治26年に建造された近戸橋も臼杵への要路であった。両岸の岩にかけられた アーチの径間は30mで、あの霊台橋や通潤橋をしのぎ世界最大の石造アーチ橋であるが、残念ながら知名度は低い。

すぐそばに道路橋があり、やや俯瞰気味に近戸橋が見える。まわりの風景が雄大なためであろうか、見た目にはそれほどの大きさを感じさせないが、水面に弧を描いて映る姿は優雅で、山峡の美しい景観を見せている。