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たけた城下町散歩   2015/7/29
PENTAX K20D

豊後竹田市は熊本県と大分県の県境にあり、市の中心部は中央部の東寄りにある。
豊後竹田と聞いてすぐ思い浮かぶのは、滝廉太郎、荒城の月、岡城址、田能村竹田(たのむらちくでん)である。
豊後竹田駅の南には藩政時代の面影を残す地区があり1時間くらいで散策できるが、瀧廉太郎記念館などを見学するのであれば2時間は必要。

竹田市立歴史資料館で展示物を見て情報を収集し、資料館の近くにある旧竹田(ちくでん)荘から散策をはじめた。
南画家の田能村竹田は、1777年に岡藩医田能村家の次男として生まれた。
旧竹田荘は、田能村竹田が生まれ育った家で、国指定史跡として保存されている。


旧竹田荘入口の石段。


母屋。竹田は1階で詩画の構想に耽ったという。

旧竹田荘前の「歴史の道」を進むと殿町武家屋敷跡に出る。


 
時刻は12時半。曇りの予報だったが、日差しが強くて暑かった。トップライトで、町並みを撮るには最悪の条件下だった。

殿町武家屋敷跡の先のT字路を右へ坂道を上るとキリシタン洞窟礼拝堂跡。


礼拝堂は岩盤を掘削して造られている。
戦国時代末期の岡城主は熱心なキリシタンだったため、キリスト教が禁止された江戸時代になっても、竹田にはたくさんのキリシタンが住んでいたという。礼拝堂の右手には神父が住んでいたという洞窟がある。


扉の隙間から覗くと、ドーム状の祭壇があった。

竹田市立歴史資料館の北に、滝廉太郎記念館がある。
父の転勤で12歳の時に竹田へ引っ越してきて2年半を過ごした家が、滝廉太郎資料館として公開されている。
この日は風があるもののかなり暑い日だったが、滝廉太郎記念館は玄関に限らずすべての障子が閉め切られていた。
閉め切っていてもあまり暑さを感じなかったので、冷房を使っているのだろうが、障子を開け放ったら風が通って気持ちがいいだろうにと思った。


岩を掘削して造った馬小屋。


裏山の竹林への石段から見た母屋。右手奥に井戸がある。


観音寺近くの八幡川横丁は白壁がまぶしい。


八幡川横丁近くの御客屋敷は他藩からの使者の宿泊所。