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藩境のまち小保こぼ・榎津えのきづ 肥後街道宿場を歩く/町歩きMAP 2015/7/24
EOS 5D

筑後川水系の花宗川の東岸、江戸時代の水路である御堺江湖(おさかいえご)をはさんで、北は榎津地区久留米(有馬)藩、南は小保地区柳河(立花)藩であった。南の小保地区を東西に走るのは旧肥後街道で熊本へと通じている。端的に言えば、榎津は船大工の町であり、小保は宿場町であった。
小保地区の西端から旧肥後街道を東へ進み、三叉路から西へ榎津地区を散策した。


町並みの西の入口。すぐ先に国指定重要文化財の旧吉原家住宅がある。


緒方家住宅。柳河藩の藩医の武家屋敷跡。
天保年間(1830-44)の建造。



吉原義明家住宅。旧造り酒屋の大型民家。
天保9年(1938)の建造とされている。
              


藩境石。18世紀中頃の建造とされている。それぞれ2か所に穴があり、この穴に横木が通され馬を繋いだという。


中村紙店。旧五嶋屋で長崎の五島の海産物を取り扱っていた。
明治18年(1885)頃の町屋。


左の小さな建物に、志岐建具木工所と書かれていた。
船大工の流れを受け継ぐ木工所ではないだろうか。


高橋家住宅。「庄分酢」の造り酢屋で、延宝8年(1680)の火災後に建造され、酢造りをはじめたのは宝永8年(1711)。大川市指定文化財。


大川市のマンホールには筑後川昇開橋がデザインされている。


日枝神社の扁額。狛犬ではなく猿の像がある。