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花街の面影を残す
新地西町
壇ノ浦で滅亡した平家の女官たちが生きのびるために身を売ったのが、下関における遊女のはじまりとされている。そして、女官たちが安徳天皇の命日に盛装して赤間神宮の御陵へ参拝したのが、先帝祭の由来となっている。先帝祭での上臈道中の出発地点は新地近くの竹崎である。
参考サイト 下関・新地遊郭跡
2020/2/11
EOS 7DU/10-18
OM-D E-M10/14-42 

下関市には、稲荷町、裏町、豊前田、そして新地の4箇所に花街があったとされいる。
都市開発によってその痕跡はほとんど消滅してしまったそうだが、新地には当時の面影が残っている。
家屋の老朽化が進み、取り壊されて空き地や駐車場になりつつあり、今年の姿が来年も続く訳ではない。

新地西町は、下関駅から国道191号線を北へ徒歩15分ほどのところにある。
国道から西の山手にかけてが新地西町で、筆者は9時〜11時の二時間をかけてゆっくり散策したが、狭い地域なので一時間でまわれると思う。
主要な建物は10時ごろから午前中が日当たりがよくなるが、町並みを撮るなら曇り日の方が影を気にしなくてすむ。
いつか、街灯が点るころに歩いてみたいと思っている。

なお、1998年のむぎ焼酎二階堂のCM「刻の迷路」はここでロケされている。


新地西町交差点そば。左に旧旅館、右に旧妓楼群。旅館と妓楼群の間が新地西町の入口。午前9時すぎ、散策を開始する。


築100年を超える旧旅館「つる八」は「TUR8(つるはち)食堂」として活用されている。


妓楼群を近くから見る。この日は「建国記念の日」、国旗が飾られていた。


妓楼群の窓。大きな窓の下にステンドグラス風の小窓。


TUR8食堂を横から見る。窓に特徴がある。


新地西町を貫く通りは狭い。通りの中央付近にひときわ目立つ建物がある。「花月」という屋号の妓楼だったようである。


右手奥に進むと建物の側面が見える。まるでパッチワークのようだ。エアコンの室外機だけが新しく見える。


正面から見る。左へ妓楼が続いている。


通りの西を見る。右手前の建物は空き家のようだが、その先の白い建物は改装し民家として再利用されているようだ。


通りをぬけると斜めに道が交差する。鋭角に曲がって進むと、理髪店と銭湯がある通りへ入る。
曲がり角に構築物がある。玄関の跡だろうか。2020/7/5 EOS 7DU/10-18



理髪店と銭湯がある通りをぬけたところから振り返ってみると、カーブした路地がいい雰囲気を醸し出している。
中央左手にある銭湯「千歳湯」は創業100年を超える。午後3時からの営業(日曜日は休み)なので、まだのれんがかかっていなかった。


銭湯のある通りの出口付近から丘の住宅地へ上る階段がある。丘には密集した家屋の中を迷路のような細い道が続いている。


町並みの南、新地町のバス停近くにある路地。左は壁で、右に5軒ほどの
バーがあったようだが現在は廃屋。「しんち」という店の看板が残っている。

下関駅から新地へ歩いてくるときに、竹崎町の風俗店が並ぶ通りで見かけ
た「大阪屋」は、創業1947年の食堂。ちゃんぽんが評判のようだ。