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たたらの里吉田

県道38号線の吉田大橋付近から鉄の歴史博物館あたりにかけて古い町並みがあり、県道272号線を北上した菅谷(すがや)には、たたら製鉄の遺構がある。
2016/1/10
EOS 5D

吉田は、「街道をゆく」の「砂鉄のみち」の取材で、2000年4月にたずねた。
そのときは、菅谷の高殿と呼ばれる製鉄施設の見学が目的だったので、町並みは通り過ぎただけだった。
高殿でたたら製鉄の手順を熱心に説明してくださった高齢のお父さんの訛りのある声が今も耳に残っている。


石畳の緩い勾配の坂道の両側に古い民家がある。


町並みの入口付近にあるのが、松江藩鉄師筆頭の田部(たなべ)家の土蔵群。


石畳の中にマンホール。
高殿が描かれ、鉄の歴史村と刻まれている。


洋風建築の旧吉田町商工会館。


鉄の歴史博物館。ここでたたら製鉄の概要を把握して菅谷へ向かう。


菅谷の案内図。元小屋は幕末の天保年間の建物で、鉱山事務所のような場所であるが、修復工事中だった。


山内生活伝承館から高殿への遊歩道から見下ろす。

 
高殿。この建物の中で1751年から1921年までの170年間、砂鉄を溶かしてヒ(けら)という鉄の塊を製造した。


大銅場。水車で分銅を持ち上げ、ヒを割った。


右は米倉、左は三軒長屋。

 
三軒長屋、別名村下(むらげ)屋敷。村下とは製鉄を行う技師長のこと。