
|
御手洗(みたらい)は、江戸初期、瀬戸内海航路の潮待ち・
風待ちの港として、その歴史がはじまった。1666年の
ことである。
やがて、諸国の廻船を相手に中継ぎ貿易が行われるように
なり、九州や四国の大名が参勤交代で寄港することも多く、
船宿が設けられて港町として大いに繁栄した。
明治に入ると、帆船から汽船に変わり、御手洗へ寄航する
船が激減したが、港湾施設の整備によって、避難港として
の地位を何とか維持した。第1次大戦の頃には、造船業が
活況を見せ、寄航する船も増えた。
しかし、しだいに内海の主要航路から外れ、かっての繁栄
は昔日のものとなった。町の中心が大長(おおちょう)へ移
ったこともあり、大きな変革を受けることなく、昭和初期
までの町並みが数多く残っている。
|
| 江戸時代の町並みが残る常磐町通り。東の入口にはしゃれた洋館の散髪屋さん。 |
|