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豊町/御手洗 広島県大崎下島大長港から
徒歩15分
  2001.9.17
CAMEDIA


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江戸時代の町並みが残る常磐町通り。
東の入口にはしゃれた洋館の散髪屋さん。


御手洗(みたらい)は、江戸初期、瀬戸内海航路の潮待ち・風待ちの港として、その歴史がはじまった。1666年のことである。

やがて、諸国の廻船を相手に中継ぎ貿易が行われるようになり、九州や四国の大名が参勤交代で寄港することも多く、船宿が設けられて港町として大いに繁栄した。

明治に入ると、帆船から汽船に変わり、御手洗へ寄航する船が激減したが、港湾施設の整備によって、避難港としての地位を何とか維持した。第1次大戦の頃には、造船業が活況を見せ、寄航する船も増えた。

しかし、しだいに内海の主要航路から外れ、かっての繁栄は昔日のものとなった。町の中心が大長(おおちょう)へ移ったこともあり、大きな変革を受けることなく、昭和初期までの町並みが数多く残っている。

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明治時代からつづく
松浦時計店

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江戸時代の茶屋・若胡子屋
(県指定)

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宮本国也棟梁が廻船の模型造り
          

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高灯篭が浮かぶ瀬戸の夜明け。(クリックすると拡大写真へ)

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大崎下島はみかんの島、御手洗地区の裏山はみかんの段々畑。