宮本武蔵の旅

生誕の地・宮本

02.05.30 CAMEDIA 智頭急行・宮本武蔵駅付近
因幡街道の宿場町・大原と平福

◆宮本村
  宮本武蔵が生まれたのは、美作国吉野郷宮本村、現在の岡山県英田郡大原町宮本である。昔は山深い地であった
    だろうが、現在では国道が通じ、智頭急行線という鉄道も走っている。大原町は盆地にある宿場町で、中央を吉
    野川が流れ、川向こうには、武蔵の父無二斉が仕えた新免家の竹山城があった山が見える。宮本には武蔵ゆかり
    の痕跡が残っていて、往時をしのばせてくれる。
   
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生家跡。今は無二斉の弟の子孫平田家 生家跡そばを宮本川が流れている 武蔵の姉おぎんの子孫平尾家
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子供の頃遊んだ讃甘神社 竹山城址のある山 武蔵神社隣の武蔵(左)と無二斉の墓

◆鎌坂峠
  大原から宮本を経由して平福に達する道は、因幡街道の一部であった。武蔵が幾度となく通った平福宿までは
    約8km、宮本村から東へすぐのところに鎌坂峠がある。峠の途中には、銭一貫の価値があるということから
    名付けられたおいしい水が湧いている。武蔵はこの水を飲んだだろうか。<一貫清水まで徒歩約20分、峠の
    頂上までさらに約10分>

   
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峠への道、未舗装なのがいい 峠の8合目近くにある一貫清水 峠の頂上、かっては茶屋が2軒

◆平福
  平福は、山城・利神(りかん)城の城下町、因幡街道に発達した宿場町でもある。武蔵は父との折り合いが悪く、
    宮本を離れて、平福の養母の家で暮らしたが、養母も乱暴者の武蔵をもてあまし、正蓮庵にあづけた。この頃、
    高札による有馬喜兵衛の試合の申し出に応じて、はじめて決闘を行った。
この決闘は凄まじいものだったという。
   
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武蔵があずけられた正蓮庵跡
   
佐用川河畔、
六地蔵が立つ宮本武蔵決闘の場
利神城址。
武蔵は天守閣を見たか?
◆因幡街道
  播磨国の姫路から、龍野、平福、大原などを経由して、因幡国鳥取へ達する街道。鳥取ではこの街道を上方往
    来と呼び、因幡街道で姫路まで出て、そこから西国街道を東に向かうと大阪や京都に至る。隠岐島に流された
    後醍醐天皇もこの道を通り、武蔵もまたこの道を通って姫路や京都に向かった。
   
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大原宿南端に残る元禄2年
(1689)
平福宿の陣屋門
   
平福から峠を越えた南光町の道標
の道標「是より左播磨ひらふく道」

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