フォトギャラリー 山陰・長門海岸

わたしが惣卿橋梁をはじめてたずねたのは、昭和49年(1974)3月21日のことであった。

当時、蒸気機関車はまさに風前のともし火であったが、それでも、山陰本線では、D51が客貨を引いて最後の活躍をつづけていた。

わたしの手帳には、当時の印象が次のように書かれている。

秋から冬にかけて荒れ狂った山陰の海も、春分の日を迎える頃から春らしい穏やかさを取り戻す。

白い砂はうららかな春の陽射しを受けてキラキラと輝き、潮風に青い松がヒューヒューと鳴る。

打ち寄せる波の音と汽笛の遠吠えが、ここちよいバラードを奏でる。

山陰本線は、ほぼ海沿いを走っているものの、西部では意外と海の見える場所は限られている。

小串―湯玉、飯井―三見ー玉江、宇田郷―須佐は、D51時代も海の見える好撮影地として知られていた。DD51が引く赤い50系客車に魅力を感じて撮影に出かけた。

              『鉄道ピクトリアル』1991年12月号


須佐への峠越え。1991/2/2 山陰本線・宇田郷―須佐 CanonT90 →










 

 


長門海岸のハイライト・惣卿橋梁を行く。1987/8/23 山陰本線・宇田郷―須佐 Pentax67


急行「さんべ」。当時は、鳥取・下関間を8時間で走っていた。


DD51が引く50系831列車。


青い海に赤い車体が映える。1987/7/31 山陰本線・小串ー湯玉 CanonA1