山頭火と歩く

唐津へ

04.2.15
CAMEDIA E-100RS
   


昭和7年1月18日 晴、行程四里(佐賀県)浜崎町、栄屋。                                                 

霜、あたたかい日だった。九時から十一時まで深江町行乞、それから、ところどころ行乞しつつ、ぶらぶら歩く、やうやく肥前に入った、宿についたのは五時前。

福岡、佐賀の県界を越えた時は多少の感慨があった、自然そのものに変わりはないが、人心には思ひめぐらすものがある。


 波音の県界をまたぐ
   

福岡佐賀県境には昭和3年建造の県境石がたっている。山頭火もこの標石を見たことだろう。


県境付近の道路は海岸沿いにあり、玄界灘の荒波が岩に砕け散っていた。

■昭和7年1月19日 曇、行程二里、唐津市、梅屋。

午前中は浜崎町行乞、午後は虹の松原を散歩した、領布振山は見ただけで沢山らしかった、情熱の彼女を思ふ。

松原の茶店はいいね、薬缶から湯気がふいてゐる。娘さんは裁縫してゐる、松風、波音……。

 松に腰かけて松を観る
   

山頭火が「見ただけで沢山」と言った標高284
mの領布振山(鏡山)から虹の松原を見る。

虹の松原の中ほど、二軒茶屋の駐車スペース
の片隅に、山頭火句碑。


今は虹の松原の真ん中を国道が走っている。山頭火が歩いた頃は細い道だっただろう。