山頭火と歩く

川棚温泉

 


 ■木下旅館(山頭園)

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川棚温泉の一番奥にある山頭園。
正面が妙青寺。
昭和7年(1932)、佐賀・長崎を歩き、川棚温泉に着いたのが5月24日、旅の疲れか発熱で3日間寝込んだとのことである。

どういう理由か分からないが、山頭火は、川棚温泉に庵を結ぼうと決心し、糸田の木村緑平宅へ出向き相談している。

再び川棚温泉に戻ってきた山頭火は、木下旅館へ滞在し、土地探しと金策に走りまわるが、うまく行かず、結庵をあきらめて川棚温泉を去る。

山頭火が木下旅館に滞在したのは、6月9日から8月26日までの100日間であった。6月には、第1句集『鉢の子』が刊行されている。

けふはおわかれのへちまがぶらり

  妙青寺の前で写真を撮っていると、上品な顔立ちの老婦人が話しかけてきた。木下旅館の向かいの旅館の奥さん
  だった。門司のご出身で、ご主人の実家がここの旅館とのこと。ご自分の生涯を振り返るように、色々とお話し
  てくださった。心温まるいい人と出会えました。これは、山頭火さんのお導きでしょうか。

 ■妙青寺

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    妙青寺山門。もう山門は開けてある   涌いてあふれる中にねている

    妙青寺は禅宗寺院、本堂裏は雪舟作と伝えられる庭園がある。
    門を入ってすぐの左手には、大きな自然石に刻まれた山頭火の句碑が建っている。

 ■川棚のクスの森

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クスの森の下に建つ句碑。
大楠の枝から枝へ青あらし
クスの森からさらに県道を進むと、岩谷十三仏がある。そしてその少し先の小野には、小野小町の墓がある。

絶世の美女小野小町が、年をとり、その美貌が次第に衰えて行くのを京の人に見られるのがいやで、京を出て諸国を歩き、やがて川棚にたどりついて、ここ小野で死んだという。

川棚温泉に100日間滞在した山頭火は、あちこちへ行乞に出ている。山頭火は、岩谷十三仏や小野小町の墓を見ただろうか。