山頭火と歩く

漂泊のはじまり

09/3/9

大正13年に出家した山頭火は、翌大正14年に曹洞宗瑞泉寺の味取(みとり)観音堂の堂守になり、このときに、松はみな枝垂れて南無観世音という句を詠んだ。堂守は長続きせず、1年2か月で観音堂を去り流転の旅に出た。大正15年、山頭火44歳、これが漂泊のはじまりだった。



観音堂へ石段は少しゆがんでいてかなり磨り減っている。石段の両側には石仏が安置されている。
山頭火はこの石段を何度も上り下りしたことだろう。