山頭火と歩く

日南海岸


 ■昭和5年9月30日 秋晴申分なし。

青島を見物した。檳榔樹が何となく弱々しく、そして浜万年青がいかにも生々してゐたのが印象として残ってゐる。島の井戸ーー青島神社境内ーーの水を飲んだが、塩気らしいものが感じられなかった。その水の味も亦忘れえぬものである。

久しぶりに海を見た、果てもない大洋のかなたから押しよせて砕ける白い波を眺めるのも悪くなかった。(宮崎の宿では、毎夜波音が枕にまでひびいた。私は海の動揺よりも山の閑寂を愛するやうになってゐる)

 この日の夜、山頭火のところへ国勢調査員がやって来る。
 山頭火は、「先回は味取でうけた、次回の時には何処でうけるか、
  或ひは墓の下か、・・・」とこの日の日記に書いている。
 日記から2句。

     
波の音たえずしてふるさと遠し
     白浪おしよせてくる虫の声


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山頭火が訪れたとき青島へ渡る橋はどんな橋だったのだろうか。
現在の橋は1978年建造。

 ■昭和5年10月1日 曇。午後は雨。

九時から十時までそこらあたりを行乞する。それから一里半ほど内海まで歩く。峠を登ると大海に沿ふて波の音、波の音がたえず身心にしみいる。内海についたのは一時、二時間ばかり行乞する。

今日歩きつつつくづく思ったことである。ーー汽車があるのに、自動車があるのに、歩くのは、しかも草鞋をはいて歩くのは、何といふ時代おくれの不経済な骨折りだらう、(その実今日の道を自動車と自転車とは時々通ったが、歩く人には殆んど逢はなかった)然り而して、その馬鹿らしさを敢て行ふところに悧巧でない私の存在理由があるのだ。

  泊めてくれない村のしぐれを歩く
  蕎麦の花にも少年の日がなつかしい

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鬼の洗濯岩と言われる景観がつづく内海ー小内海を走る蒸気機関車(1974/12/26)
山頭火は汽車に乗らずに歩いた。

 ■昭和5年10月6日 晴。

九時から三時まで行乞、久しぶりに日本酒を飲んだ、宮崎、鹿児島では焼酎ばかりだ、焼酎は安いけれど日本酒は高い、私の住める場所ぢゃない。

十五夜の明月も飲まないで宵からねた、酔っぱらった夢を見た、まだ飲み足らないのだらう。油津といふ町はこぢんまりとまとまった港町である。海はとろとろと碧い、山も悪くない、冬もあまり寒くない。人もよろしい。世間師のよく集るところだといふ。

     小鳥いそがしく水浴びる朝日影

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油津の堀川運河に架かる堀川橋。
山頭火もこの橋を渡ったことだろう。

 ■昭和5年10月7日 晴。

雨かと心配していたのに、すばらしいお天気である、そこここ行乞して目井津へ。

このあたりの海は全く美しい。あまり高くない山、青く澄んで湛へた海、小さい島ーー南国的情緒だ、吹く風も秋風だが春風だか分らないほどの朗らかさだった。

     草の中に寝てゐたのか波の音

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細田川河口、目井津港付近の海岸。山頭火もこれらの島影を見ただろう。