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明治15年(1882)防府に生まれ、昭和15年(1940)松山で57歳で亡くなった俳人種田山頭火は、「ほんとうの自分の句を作りあげること」、「あれこれと厄介をかけないで、ころりと死ぬこと」が願望だった。その生活は無一物の乞食であり、いつも死を考えながら、死を押さえ込むための活力として、放浪し、俳句を作った。どうしょうもなく惨めで凄まじい生き様から生まれた俳句は何とも自由で、やさしくて、さびしくて、かなしい。
山頭火が放浪してから70年くらい経っているが、20世紀最後の年・2000年の今年山頭火が歩いた道をたどり、山頭火が見たであろう風景を見てみたい。そんな気持ちから山頭火を探す旅に出た。
(2000年6月記) |