石仏セレクション
2002

石塔寺の石仏  滋賀県蒲生町 2002/9/27


 
 石造物のむこうにそびえる
 阿育(あしょか)王塔。


石塔寺へ最初に行ったのは、ずいぶんの前のことだが、あの端正な白鳳の塔を見て、私ははじめて石の美しさを知った。朝鮮にも、似たような塔はあるが、味といい、姿といい、これは日本のものとしかいいようがなく、歴史や風土が人間に及ぼす影響を今さらのように痛感した。

寺伝によると、この石塔は、天竺の阿育王が、釈迦の供養のために塔を造り、その一つが日本へ飛来して、この地に落ちた。以来、地下に埋もれていたのを、いつの頃にか掘り出したというが、秘仏のように、ひそかに土中にかくしたのであろうか。

また一説には、塔を造る時、昔の人たちは仕事をしやすくするため、穴を掘って、土の中で順々に重ねて行った。完成した後、まわりの土をのぞくというやり方だが、なんらかの理由で、そのままに捨ておかれたのではないかともいう。

小林行雄の「壷の話」によると、古墳の石室を造る場合にも、土砂を外周に積み、古墳と石室を、同時に仕あげる方法をとったとあるから、もしかすると、この塔の場合も、そのような技術を用いたのかも知れない。それには日本古来の石積みの専門家たちが動員されたであろう。造ったのは百済人でも、彼らの協力なくして、このように美しい石塔はできなかったに違いない。 白州正子『かくれ里』より


本堂下の石仏。
            


 
 
塔の下は砂利で、無数の石造物で囲こまれている。

 
 
境内には単体や双体の像を刻んだ石仏が多い。

 
 
境内の外側の道には、半分土に埋もれた浮き彫りの石仏
  がある。彫りが稚拙な印象を受けるが、物語性がある。

 
 本堂のある門をくぐって進むと、正面に石仏、手前にこ
  んもりとした植栽が見えてくる。植栽には、きれいな赤
  い花が付いていたが、この植物は何という名だろうか。


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