四国札所の石仏
 遍路道の道標と石仏(3)
 大宝寺・雪蹊寺・岩屋寺・以布利

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 大宝寺遍路道

 大宝寺は四十四番札所。ここまで来ると、四国八十八
ヶ所の半分を打ち終えたことになる。杉の巨木が並ぶ参
道は昼なお暗く、幽玄な雰囲気が漂い、杉の木の根元に
は小さな地蔵がまつられている。

 昭和14年秋、松山から東まわりに四国遍路に出た漂
白の俳人・種田山頭火は、11月21日、大宝寺へも参
拝している。

 山頭火は、この参道を登って、銀杏の落ち葉におおわ
れた境内に入り、「朝まゐりはわたくし一人の銀杏ちり
し」という句を残した。

           『へんろ』1998年10月号
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 雪蹊寺の地蔵菩薩

 浦戸湾の入口の種崎から県営渡船で長浜へ渡り、西へ
約1キロ半、集落の中に三十三番札所雪蹊寺がある。境
内はさして広くはないが、仁王門がないからであろうか、
開放的でいかにも南国土佐らしいのんびりとした雰囲気
がただよっている。

 11月、色づいたイチョウの木の下の地蔵は、小春日
和の陽射しを受けて、その表情はやさしい。どの地蔵も
やわらかな線で浮き彫りにされていて、胸で手を組み瞑
想している。まるで居眠りをしているように見える。

           
『へんろ』1998年11月号
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 岩屋寺遍路道の丁石

 四十四番大宝寺からの遍路道を辿ると、四十五番岩屋
寺大師堂の横に出る。国道からであれば、長い石段を登
ることになる。歩き遍路は、伊予落合から道を右に取り、
岩屋寺へ参拝後、大宝寺へ向かうひとが多い。

 その丁石は、遍路道の最終地点の岩場を抜け出てすぐ
の、イチョウの落ち葉が散り敷く中にぽつんと立ってい
た。自然石の舟形石に素朴な観音が刻まれ、右に是より
岩谷山へ一丁、左に願主らしき人の名前が読み取れる。

 丁石の先には大師堂、さらにその先に岩屋寺のシンボ
ル・巨大な岩壁がそびえている。

           『へんろ』1998年12月号
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 佛海しるべ石

 佛海は江戸中期の高野山の僧で、海岸沿いにまだ道が
ないころ、地蔵を刻んだしるべ石を建て、遍路の救済に
その半生を捧げた。

 足摺岬の第三十八番金剛福寺へ向かう途中に、以布利
(いぶり)という漁港がある。この港から海辺を歩く遍
路はほとんどいないが、へんろみち保存協力会の標識は、
しっかりと、この旧遍路道へとみちびいてくれる。

 砂浜がとぎれ岩場にさしかかる辺りに、県道への登り
口があり、その左手に美しく地蔵を浮き彫りにした佛海
しるべ石が立っていて、台座には足摺岬までの距離が刻
まれている。

            『へんろ』1999年1月号
  [四国札所の石仏][遍路路の道標と石仏(4)]