SLグラフィティ

若松の8620

筑豊本線、香月線 、室木線


直方機関区へは、貝島炭鉱や伊田線へ行ったついでに立ち寄る程度であったが、若松機関区は1日を過ごすに足る魅力が残っていた。そこには、五能・越美から消えた8620(ハチロク)が、まだ元気に働いていた。

朝の124列車を二島あたりで撮って、若松機関区を訪ね、入換えや給炭をしているハチロクをぼんやりとながめているのが好きだった。

形式入りナンバーの88622、南延岡からやって来た門デフの28627、室木線のサヨナラ運転で最後の花道を飾った38634、そして、38629、68660などが、わたしが眼にしたカマだった。

本線上での活躍もなく、室木線と香月線の小運転に終始した若松のハチロクは、半世紀にわたる生を静かに全うして消えて行った。

                             『蒸気機関車』1974年9月号
「直方・若松」より抜粋


           88622が引く香月線の客車列車
            1972/12/17 →
 

若松区の8620は、室木線と香月線の客車列車のけん引に当たっていた。
室木線は6往復すべてが客車列車で、香月線は朝の5便のみが客車列車だった。




筑豊本線二島付近を行く8620が引く客車列車。1973年6月
このネガはカビが生えてかなり傷んでいたが、洞海湾の対岸から撮ったものであり、今となっては貴重な画像なのであえて掲載した。
当時の洞海湾はかなり汚染されていて、黒ずんだ海にごみが浮いていた。


皿倉山を背に二島付近を行く。1973年12月


若松機関区に憩う38634。1973年12月


室木線は鹿児島本線の遠賀川から室木まで約11kmの短い路線。 1973年12月


1974年1月20日、室木線SL列車最終日。近くに道路があり、線路端や田んぼの中の藁が積まれた所にファンの姿があった。