SLグラフィティ

田川線の9600

 行橋〜崎山、 内田信号所〜伊田
 
CanonFtb/35mm,50mm,135mm  MamiyaC330/105mm


田川線は行橋〜伊田であるが、油須原前後の崎山〜油須原〜内田信号所は田川線油須原に掲載し、その他の区間をここに掲載した。
田川線の撮影は油須原の前後が中心で、その他の区間ではあまり撮影していない。
撮影者も油須原の前後に集中したため、その他の区間の写真を目にすることは少ない。
そういう意味では、ここに掲載した写真は希少価値があるかもしれない。


この頃、日本の河川はセイタカアワダチソウにおおわれていたような気がする。今川の岸辺にも群生していて2mくらいの高さがあった。
アングルをいろいろ工夫してみたが、結局、セイタカアワダチソウを入れた構図となった。 豊津〜行橋。1973/9/23


夕方の下り・客4435列車が犀川駅を発車する。
犀川 1974/3/2   


朝の上り・客422列車が、下りのキハと交換して豊津駅を発車する。
豊津 1974/4/20   


豊津駅を発車する。豊津 1974/6/29

この頃、竹並横穴墓群の発掘調査が行われていた。
右の写真は全体を遠望したもので、下の写真は横穴墓近くの墳丘を撮影したものである。

発掘担当者と交流のある知人に、豊津駅まで車で迎えに来てもらい見学したような記憶がある。

SLとは全く関係はないが、今では見ることができない貴重な風景なので掲載した。


 


豊津と犀川の間では短い距離ではあるが今川沿いを走る。白煙をたなびかせた列車が水面に影を映している。
豊津〜犀川 1974/3/20


今川沿いを行く貨物列車を俯瞰したものである。今は右奥付近に新豊津駅がある。
豊津〜犀川 1974/5/12

犀川から崎山にかけては田んぼの中を走るが、中間よりやや犀川寄りに切り通しがあり、線路沿いに杉林があった。
とても雰囲気のいい場所で、今でも撮影した日のことをよく憶えている。


杉は成長しているが、このあたりの風景は今もあまり変わっていない。犀川〜崎山 1974/1/15


犀川側は下り列車に対して上り勾配で、杉林の端に松の木があった。犀川〜崎山 1974/1/15

 
通常は最後尾に補機が付くだけであるが、たまに前が重連になることがある。勾金〜内田信号所 1973/1/17


田川線は単線区間なのでタブレットによる閉塞方式が残っていた。タブレットとは通行証のようなもので、これを受け渡ししないと列車は通行ができない。
駅を通過する列車の場合は、タブレットを渡したり、受け取ったりする簡単な器具がある。上の写真はタブレット受けにタブレットを引っ掛けているところである。
当時は連写機能のないカメラで、シャッターが切れるのは1枚だけの一瞬。何とか画面に収まった。勾金 1974/10/15


田川線から香春岳の全体が見えるのは勾金駅付近のみ。今はこの高さからの撮影はできないので、近くに小さなボタ山があったのであろう。
勾金〜伊田 1974/5/25


伊田の築堤を行く。このあたりから油須原まで上り勾配がつづく。
石灰石の輸送はトラックに移行したが、労働人口の減少によりトラック運転手が不足する。そのとき、鉄道輸送が復活するだろうか。
伊田〜勾金 1974/2/10