SLグラフィティ

  1974年6月 日田彦山線後藤寺
 
CanonFtb/35,50,135mm MamiyaC330/105mm

後藤寺1800時


後藤寺は筑豊の中にある。

エネルギー革命という名のもとに、炭鉱が閉山に追いやられた後も、石灰石輸送の基地としての役割を果たしてきた。
後藤寺線の船尾駅付近の山で採掘された石灰石は、日田彦山線及び田川線経由で苅田港へ、糸田・伊田・筑豊・鹿児島の
各線を経由して戸畑や門司港へ。

つい2年ほど前までそれらの貨物列車のけん引に従事していたのがキュウロクであった。
後藤寺をたずねると、さして広くはないヤードのあちこちにキュウロクが見られたし、頻繁に発着して行く列車の本務機
や補機もキュウロクであった。

1800時前後の後藤寺ヤードは、1日のうちで最も忙しい時をむかえる。
17時29分に糸田線から貨5597が入線してから、19時07分に貨1494が苅田港へ向けて出発するまでの約1
時間半に、7本の列車がバラエティ豊かに目の前を通り過ぎてゆく。

冬は日没が早いため撮影が困難であるが、夏は、多少の被写体ブレを覚悟すれば、トライXで増感現像なしにそれらの列
車の撮影が可能であった。当時の撮影を思い出しながら、それらの列車を追ってみよう。
(1976年に書いた原稿より転記)
    
■17時29分 貨5597 到着

後藤寺ヤードの北側にある鷹羽橋にカメラをセットする。目の下
に糸田線のレールが見える。見上げれば、ボタ山に夕陽が当たっ
て美しい稜線を見せている。ドラフトの音が近づいてくる。シャ
ッターを押す。手ごたえあり。カメラをしまい、中元寺川へ急ぐ。
17時55分 貨595 通過

中元寺川の北側に三脚を立てる。逆向きの本務機と後補機の編成であるが、 所有のレンズで補機までとらえることは困難なため、本務機のみをねらうことにする。
船尾方向より煙が見える。やがて本務機が目の前を通過して行く。カメラをしまいながら後補機を見送って、再び鷹羽橋へむかう。
   
18時07分 貨1296 発車

鷹羽橋からヤード方向を見ると、すでにキュウロクが
ドレーンを切りながらこちらへ向かって来る。すばやく
カメラを三脚にセットして、一発二発シャッターを押す。
18時11分 貨8496 通過

壁紙1024×768

中元寺川鉄橋の南側、釣り人が糸をたれている。列車の通過までこのまま居てくれると、釣り人とSLの写真が撮れる。それに、この列車は本務機、前補機ともに逆向きで編成としてもおもしろい。風が少しあるのが気になる。待つことしばし、左方の築堤からドラフトが響く。轟音とともに鉄橋を渡る。補機のキュウロクが煙にまかれた 。


     

■18時33分 客4435 到着


あたりがかなり暗くなっているが、まだまだ撮影に十分な光量が
ある、ヤードの端にカメラをセットする。そばでは、19時07
分に発車する貨1494が重連で入れ換えをしている。

やがて、鷹羽橋をくぐってC11の客車列車が入線して来る。
下り勾配であり、すでにブレーキが入っているので煙はない。







   

■18時51分 貨8496 発車


船尾から逆向き重連でやって来た貨8496は、
後藤寺で本務機と後補機に再編成される。汽笛二声、
ゆっくりと発進しこちらへ向かって来る。目の前を
轟音ともに通過。
■19時07分 貨1494 発車

夕闇が迫っていて露出ギリギリのところまで来ている。貨149
4は田川線で唯一の前補機付き(重連)である。やがて、2両のキ
ュウロクがセラを連ねて接近して来た。力いっぱいシャッターを
押すが何か手応えがなく、急に空腹をおぼえる。カメラをバック
にしまい帰路につく。
後藤寺からキュウロクが消えたあと、貝島炭鉱の撮影からの帰
り、急に後藤寺がなつかしくなり立ち寄ってみた。鷹羽橋も中
元寺川もSL時代と変わりはなかったが、石灰石列車の先頭に
立っているのはキュウロクではなくDE10であったし、カメ
ラバックに三脚を持ったファンの姿もそこにはなかった。

そして、2004年、筑豊から貨物列車が完全に消えた。