SLグラフィティ

日南のC11

  日南線



日南線のハイライト・大堂津の鉄橋を渡る貨1692。 1973/9/15 大堂津ー油津


1974/12/28 大堂津ー油津



赤ナンバープレートのC11200は美しい機関車だった。 1973/9/15 志布志付近


夜のしじまの中で、貨394が発車する。1974/12/25 油津


鬼の洗濯板が見える海岸沿いを行く。1974/12/26 内海〜小内海


貨393は青島で30分くらい停車する。 1974/12/29


青島で会った機関士に伊比井で撮影することを告げると、小さくうなづいた。やがて、やって来たC11はすごい迫力だった 。 1974/12/28


大淀川を渡るC11貨物列車。 1974/2/3 南宮崎〜宮崎

                   日南線の思い出 1979年記

わたしがT君に初めて会ったのは、志布志へ向かうDCの中だった。その日、正確には、昭和49(1974)年12月25日、筑豊で9600重連のサヨナラ列車が運転された 3日後のことだった。

折りから、オイルショックによる不景気風が日本列島を吹きまくり、日本経済は厳しい試練の場に立たされていた。本来ならば30日からの正月休みが、操業調整のため25日からに繰り上げられことをよいことに、カメラバッグをかついで、24日の深夜、急行「みやざき」の 寝台車に乗り込んだ。

志布志に向かうには、宮崎から日南線を下るルートと、都城から志布志線を行く2つのルートがある。今回は日南線を主体にスケジュールを組んでいたため、その日は、全線の下見を兼ねて日南線のルートを選んだ。宮崎での乗り換えの際に買った駅弁をたいらげ、これから5日間のC11との出会いを思い描きながらタバコに火をつける。窓の外は、まだ冬の暗闇が広がっている。小内海で真っ赤な日の出を迎え、伊比井の長いトンネルをぬけると、山に囲まれた小さな駅・北郷に着く。

何気なくホームに目をやると、「空をさしあげます」という看板が立てかけてある。旅する人への思いやりが何ともうれしく、是非この町を歩いてみたいという衝動から、降りようか降りまいかと迷っているうちに、いつの間にか列車はホームを離れ始めていた。そして気が付くと、T君がわたしの斜め前に座っていた。一目で鉄道ファンと分かる格好をしているし、軽装であるところを見ると地元の人であろう。早速地図を広げて、撮影ポイントについて色々と質問をしているうちに、話の輪は次第に広がって行く。

T君は北郷に住む高校3年生、高校の写真部に在籍しているとのこと。話をしているうちに、驚いたことに彼は日豊本線のC57を知らないという。つまり、SLを撮り始めて半年もたたないのである。
 
彼にとってのSLは、C11と志布志のC58のみであった。世間一般の人と同じように、半年前までの彼にとってはSLは単なる輸送車両にすぎず、彼の被写体にはなりえなかった。それが何かのきっかけで、SLに夢中になり始める。これも、大方の鉄道ファンの辿る道である。彼もその例にもれず、寸暇を惜しんで、日南線、志布志線を隈なく歩き回っているという。

今、わたしの手元には、その後T君から送られてきた四つ切の写真が何枚かある。わたしの写真がどちらかと言えばのんびりとしているのに対して、T君の写真はいずれもSLを力強くとらえており、その頃のT君のSLに対する情熱が、今でもひしひしと伝わってくる。

さて、話を昭和49年12月25日のDCの中に戻す。T君と話をしているうちに列車は油津を過ぎて大堂津に着いた。T君の今日最初の撮影地は大堂津らしい。大堂津でT君と別れたわたしは、さらに日南線を下り、志布志から安楽・末吉・伊崎田とC58を求めて移動したが、さしたる成果もなく、安楽で知り合った大阪の大学生M君(彼とは気が合い、その後29日まで行動を共にした)と油津のビジネスホテルに宿をとり、夕食ももどかしく油津駅の夜景を撮りに行く。

T君と2度目に会ったのは、その翌日、油津から小内海に向かうDCの中であった。貨391列車の通過と日の出が一致する最後のチャンスを、鬼の洗濯板を入れてスライドでとらえることが目的であったが、雄大な日の出は雲におおわれ失敗に終わった。T君とはそこで別れ、わたしとM君は木花で時間をつぶした後に、小内海でさらに2本撮り、青島・飫肥・北郷と移動した。

T君と3度目に会ったのは、北郷の改札口であった。T君の案内で山に登り、飫肥杉をバックにC11を撮る。撮影地に向かうときは撮影のことで頭がいっぱいであるせいか、重いカメラバックをかついでいてもさほど苦にはならないが、撮影地から駅へ戻るときの何と足の重いことか。その日は、折りよくT君の知り合いの駅前食堂のあばさんの車に便乗し、ついでにその食堂で遅い昼食をとる。T君とはそこで別れる。その夜は青島駅前で民宿を探し、夕食後、宮崎までフィルムを買いに行き、青島駅の貨394列車の夜景でしめくくる。

27日は、北郷、伊比井を中心に撮り、前日と同じ民宿に宿をとる。28日は、大堂津・飫肥・油津・伊比井と移動するが、雨にたたられたため早々に切り上げて、内海の民宿
(磯料理・星倉、2017年7月の旅番組に出ていた)でM君と磯料理を食べながら、SLの話に花を咲かせた。当時、民宿は2食付きで2000円。ちなみに、急行「みやざき」の寝台料金は1500円だった。

T君と4度目に会ったのは、29日、榎原での撮影を終え上りDCに乗り込もうとしているときに、DCの中からT君が声をかけてきた。午後の列車まで時間があるので、青島に遊びに行こうということになった。M君と3人で、青島を1時間ほど散策する。青島駅で撮影後、撮影旅行最後のC11を伊比井でとらえる。

T君とは、伊比井駅で別れてから、その後会っていない。
  
  飫肥杉と白煙。 1974/12/28 北郷ー伊比井
  澄んだ空気と青い空の下、飫肥杉をバックにコトコト走るSL。


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