SLグラフィティ

  CanonFtb/50mm,135mm

日田彦山線のD51


北九州と蒸気機関車との結びつきを考えるとき、誰もが 、筑豊地帯を行く石炭列車を思い浮かべる。
だが、動力近代化による相次ぐ炭鉱の閉山は、筑豊の人々から生活の糧を奪い、蒸気機関車の活躍の場を奪ってしまった。
最後の活躍の場を日田彦山線のセメント輸送に見いだしたD51たちも、昭和48年(1973)秋のダイヤ改正で終焉を告げたのだった。
『蒸気機関車』1974年5月号の筆者の投稿記事より引用

1973年当時の日田彦山線には、D51がけん引する石灰石列車が25往復くらい走っていた。
その半数は石原町から北、残りの半数が香春から北で運用され、石原町と香春にある鉱山から、東小倉、黒崎、門司港へ運ばれていた。
機関車の転車施設がない黒崎と門司港からの下り列車は逆向き運転だったので、ほとんど撮影していない。
日田彦山線のD51を撮影したのは、1972年12月から1973年10月までの10か月間だった。


平尾台の石灰岩の山並みを背景に走る。志井〜石田 1972/12/10


上り列車が待機する中、下り逆D51が接近する。志井 1972/12/10


この日初めて石原町の発車を見た。石原町 1972/12/10


煙突が一体となっているD5145はスマート。石原町 1973/2/18


このD51はまた違った雰囲気がある。石原町 1973/2/18

蒸気機関車が最も感動的に見えるのは、急勾配を登るときと発車のときである。
特に発車は、静から動への変化が素晴らしい。発車の汽笛が響き、ドラフトがゆっくりとしたリズムを刻んで蒸気機関車が動き始める。
煙が高々と上がり、やがてドレーンを切って白い蒸気が足回りから左右に広がり、ベールのように車体を包む。このときが、最高の瞬間である。
石原町駅での発車シーンは素晴らしかった。


石原町・呼野間で撮影した香春行きではないかと思う。1973/8


かつてはスイッチバックで越えていた呼野の勾配を登る。石原町〜呼野 1973/1/17

呼野と採銅所との間には金辺峠がある。金辺峠にはトンネルがあり、トンネルの中央付近がサミットになっている。
したがって、トンネルの呼野側では下り列車が、採銅所側では上り列車が上り勾配となる。
一度だけ撮影に出かけたが、いい撮影ポイントがなく、煙もよくなかった。


トンネル前から。呼野〜採銅所 1972/12/10


トンネル上から。採銅所〜呼野 1972/12/10


香春を出発した列車は、採銅所で小休止したのち勢いよく発車する。採銅所 1973/3/21


採銅所のトンネルそばの桜付近から構内を見る。駐車場になっている場所には木造の建物が並んでいる。
採銅所 1973/4/1


香春を発車した列車はやがて金辺川を渡る。香春〜採銅所 1973/1/17
築堤と築堤の間にあるのが第二金辺川橋梁で、六十尺鉄橋とも呼ばれている。
橋脚の高さが六十尺(一尺は約30cm、したがって1800cm=18m)であることから、こう呼ばれている。






このあたりの連続の上り勾配で、宮原の築堤と鉄橋はファンに親しまれた所である。香春〜採銅所 1973/3/21
山の斜面を少し登ったところに岩があり、そこから簡単に俯瞰できた。今は木が茂って無理。


線路とほぼ水平の位置から撮る。D5145がやって来た。香春〜採銅所 1973/4/14


[
SLグラフィティ]