SLグラフィティ

豊肥本線・高森線

  1973/1/14-15撮影

    
豊肥本線の立野スイッチバックや高森線の南阿蘇の風景は魅力があったが、機関車が9600とC12であったことから、どうしても南九州のC57に足が向いてしまい、訪れたのは1回のみであった。

その1回も雨にたたられ印象があまりよくないが、この時の撮影旅行のことはよく憶えている。会社の友人とふたりで、温泉旅館の碧翠楼で1泊した。

立野スイッチバックには斜面には階段状に造成された棚田があり、宅地開発をまぬがれたため、昔ながらのスイッチバックの姿をとどめていた。

高森線は、国鉄から第3セクター南阿蘇鉄道に移管されたが、こちらもC12当時の美しい風景が残っている。

この間の変化では、白川橋梁の下にあった温泉旅館が取り壊されたこと、旅館があった地点をまたぐ形で新しい橋が架けられたことくらいであろうか。

そして、2016年4月の熊本地震によって、白川橋梁がある区間は不通となり、近くの道路橋も崩壊した。

■豊肥本線・立野スイッチバック
瀬田から外輪山の切れ目をぬけて立野へ、立野から外輪山を登って方向転換し、赤水への長い上り勾配を進む。
1973年1月時点で、スイッチバックを通過する列車は、貨物2本、客車1本で、機関車はキュウロク(9600型)だった。


瀬田から外輪山の切れ目をぬけて登り火口原に入り、国道57号線と並走する。眼下には、美しい田んぼが広がっていた。
このあたりの斜面は勾配が急で、撮影ポイントを探してスイッチバックを上下しているうちに足を痛めてしまった。



立野駅で方向転換し、スイッチバックの2段目を登り切って、もう一度方向転換して3段目を進む。


立野スイッチバックのハイライト。両側には棚田が広がっている。 今も棚田はあるが、この頃の棚田はもっときれいだった。

■立野駅構内
豊肥本線立野で高森線が分岐している。構内ではC12252の姿が見られた。
1973年1月時点で、3往復の客車列車と1往復の客貨混合列車が運行されていた。


高森線のホームへC12が入線する。今は南阿蘇鉄道のホームとして使用されている。左側は豊肥本線のホーム。後方の山すそにスイッチバックがある。

 




SLが健在だった頃、あちこちの駅でこのような風景が見られた。

■高森線の橋梁
立野と長陽の間には2基の橋梁がある。立野寄りにあるのが立野橋梁、長陽寄りにあるのが第一白川橋梁。


第一白川橋梁。客貨混合列車だったが、列車が予想外に長くて、標準レンズでは収まらなかった。


雨の白川橋梁を行く客車列車を碧翠楼横の河原から撮る。


立野橋梁を行く客貨混合列車。

■高森線内
高森線内で走行写真を何枚か撮影しているが、中途半端な写真ばかりだった。


下り列車を川沿いで撮影しているようである。フィルムの状態がよくない。


阿蘇下田か長陽あたりで上り列車を撮影したものである。外輪山がうっすらと見えている。


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