SLグラフィティ

貝島炭鉱鉄道を本格的に撮り始めた1973年7月時点では、長井鶴にある六坑と筑前宮田駅の間の2kmほどの路線しか残っていなかった。1976年6月に廃止になるまでの3年、30回以上通った。機関車はアメリカン・ロコモティブ(アルコ)の22・23号とドイツ・コッペル31・32号の4両。アルコ22は宮若市石炭記念館、アルコ23は小竹町総合運動公園、コッペル32は直方市石炭記念館に保存されている。 関連ページ 貝島の煙は消えず
使用カメラ:キヤノンFtb/EF
マミヤC330/プレス  使用フィルム:富士・ネオパンSS/SSS  コダック・トライX

貝島炭鉱鉄道


■長井鶴の六坑と六坑付近

1973

1974

1975

1976


■六坑と筑前宮田駅の中間

1973

1974

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1976


■筑前宮田駅と筑前宮田駅付近

1973

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■廃止直後の六坑駅構内 1976/7/17
貝島炭鉱鉄道の廃止は1976年6月末ということだったが、SLの火を落としたのは7月3日だったという。

大之浦鉱の露天掘りはその後も続けられ、貝島炭鉱が採掘を完全に中止し閉山したのは8月5日だった。
 

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