天主堂巡礼 江上天主堂  長崎県五島市/県指定



木洩れ日の聖堂


福江島での撮影を終え、愛車と共にフェリーで奈留島へ渡る。島へ渡るときはいつも緊張する。目的の島影が遠くに見え、船が港に近づくにつれ島の風景がはっきりと確認できるようになる。船は、赤灯台の辺りで汽笛を鳴らして港へ入って行く。船を降りて陸に上がると、これから向かう天主堂と天主堂をとりまく風景を思い描く。

奈留港から北西へ、曲がりくねった海沿いの狭い道を走ること約20分、奈留町大串郷の青い海に面した小さな小学校の横に、鉄川与助が大正7年に建てたロマネスク様式の木造天主堂がある。

日曜日の昼下がり、校庭には子供たちの姿はなく、通りにも人影は見えない。主要な道路にはバスが運行されているので、島の中心部の奈留港までは30分くらいで行ける。中学と高校は奈留港近くにあるから、江上の子供たちは、毎日この美しい海を見ながらバスで通っているのであろう。

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さわやかな風が吹いて、草むらからは虫の声が聞こえる。静かに、ゆっくりと時が流れる。

木洩れ日が影を落とす石段をのぼると、小さな広場があり、重層瓦葺きの屋根、クリーム色の板張りの外壁、そしてブルーの鎧戸が神の家としての簡素な美しさを見せている。

正面の「天主堂」の文字に、大村藩の外海から逃れてきた人たちの信仰の歓びが感じられる。

内外装とも明るくすっきりとしていて、日本の風土に定着した木造天主堂の完成された姿を見ることができる。

人々の歓喜の中で建物が落成し司教の祝別によって魂が入り、長年に渡って人々の祈りが蓄積されたこの小さな天主堂は、過疎化の進むこの地で、いつまで持ちこたえられるであろうか。

苦しい生活の中で命をかけて守ってきた信仰とは何なのか、神への祈りによって満たされるものは何なのか、天主堂へ問いかけてみたが、天主堂は秋の陽射しの中で沈黙したままだった。

後ろ髪を引かれるような思いにかられながら、中通島へ向かうフェリーに乗り込んだが、五島列島で最も心にしみる天主堂であった。