天主堂巡礼 久賀島探訪記  長崎県五島市 2007/10/19 *istDS2

   
久賀島(ひさかじま)は福江島の北東、幅3kmほどの田ノ浦瀬戸をはさんで浮かぶ馬蹄形の島である。

前回ここをたずねたのは、1991年10月19日、会社のリフレッシュ休暇を利用しての五島列島11日間の旅だった。長崎港から福江島に渡り、久賀島、奈留島、中通島、小値賀島、野崎島へと北上した。

久賀島へは福江島の奥浦港からフェリーで田ノ浦港へ渡り、田ノ浦港から徒歩で浜脇天主堂まで行き、浜脇から海上タクシーで旧五輪天主堂へ。浜脇に戻って徒歩で久賀にある牢屋の窄(ろうやのさこ)へ。帰りは久賀からタクシーで田ノ浦港へ戻った。

奇しくも16年前と同じ10月19日、今回は、浜脇、久賀、蕨、福見を経て五輪へ、折り畳み自転車でまわることにした。五輪までは14km、道はアップダウンが多く、浜脇〜久賀、蕨〜福見に峠がある。
 
 田ノ浦港近くの案内板。
 正面にある地図の右上には、蕨9.5KM 福見10.5KM 五輪13.1KMと書かれていた。

●福江島から久賀島へ
 奥浦7:30〜田ノ浦7:49

久賀島へは奥浦港から7時30分にフェリーが出る。7時49分に久賀島の田ノ浦港に着いて、14時20分田ノ浦港発のフェリーで戻ってくる計画である。自転車で五島列島をツーリングされた「五島列島漂流記」の後藤さんは、五輪を3時間で往復している。後藤さんにメールをすると、「蕨から先の道路状態にもよるが4時間半あれば大丈夫」というお返事だったが、フェリーの時刻に合わせた結果、6時間半かけてのんびりと五輪を往復することとした。

奥浦港に着いたのは7時少し前だった。この日の天気予報は曇りのち晴れ。雲が多く、日の出の時刻を過ぎているが、かなり薄暗い。港にはピンク色の「フェリーひさか」が乗客を待っていた。折り畳み自転車を車から降ろし、車体を組み立てる。組み立ては簡単なので5分もかからない。

奥浦湾を出ると、正面に久賀島が見えてくる。やがて浜脇の天主堂の白い建物がはっきりと見えるようになると、まもなく田ノ浦港に到着する。

 
  奥浦湾の出口付近、正面に見えるのが久賀島。

ここの3枚の写真は、行きは曇っていたので帰りに撮影したものである

天主堂のすぐ下が海上タクシーの船着場。右上に墓地が見える。

田ノ浦港の「フェリーひさか」

●田ノ浦港から牢屋の窄 田ノ浦7:50〜浜脇8:00−8:15〜牢屋の窄8:45

海沿いの道を少し走ると、正面に浜脇の天主堂が見えてくる。すぐに上り坂になる。最初の峠越えである。曇りなので、天主堂へは午後に立ち寄ることにし、天主堂の先にあるカトリック墓地に立ち寄った。この墓地にはかまぼこ型の墓石が多い。

峠を越えると長い下り坂にさしかかる。坂は急ではないが、久賀郵便局付近まで続く。郵便局付近から平坦になり、左手に久賀湾が見えてくると、
牢屋の窄記念聖堂に到着する。明治はじめ、狭い牢に閉じ込められ42名が殉教の死を遂げた。


   

 
   
牢屋の窄記念聖堂入口。門前にあるのが今回使用した折り畳み自転車。


昭和59年(1984)建造の記念聖堂と殉教者の墓碑。

牢屋の窄から五輪へ 牢屋の窄9:00〜蕨9:30〜福見9:50−10:00〜五輪10:30

牢屋の窄から
久賀湾を見ながら少し進み、緩い峠を越えると、蕨の集落。坂の途中からは、福見への峠道が見える。蕨の集落で、峠越えに備えてもう1本飲み物を調達する。田ノ浦港から蕨まで、自動販売機は3か所のみだった。

蕨には福見3km、五輪6kmという標識があった。福見への峠越えの道は、アスファルトではなくコンクリートの凸凹道で、15分くらい歩くと峠の頂上、福見まで下り坂となる。

福見から五輪への道は未舗装の悪路と聞いていたが、アスファルトで舗装された広い道になっていた。舗装路は五輪集落近くまで完成していた。蕨〜福見の道がもう少し広ければ、普通車で五輪近くまで楽に行けるようになる。

五輪への途中には、鳥小島や美しい海岸線を見ることができる。舗装路が終わった少し先にUターンができる駐車スペースがあり、林の中の道を5分ほど下ると五輪集落が見えてくる。

 
  蕨集落。右手に見えるのが福見への峠越えの道。


福見の海岸。対岸は奈留島。


福見から五輪へ。橋を渡ると広い舗装路。

鳥小島。

五輪集落へ降りる途中にあるアコウの木。

●旧五輪天主堂


中央が国指定重要文化財の旧五輪天主堂。右端は昭和60年(1985)建造の新聖堂。平成15年1月の人口は11人(戸数4戸)
   
       
  
   
浜脇天主堂 五輪11:00〜浜脇13:05−45〜田ノ浦13:55

   
   
   
   

[天主堂巡礼]