天主堂巡礼 田平たびら天主堂 長崎県田平町小手田免/国指定



茜色の天主堂


北松浦郡江迎町から平戸へ向かう国道204号線を上り切ったあたりで左へ間道へ入り、田園の中をしばらく行くと、田平天主堂が見えてくる。空は高くそして青く澄み、辺りは、まるでヨーロッパの片田舎に迷い込んだような、のどかな雰囲気が漂っている。

ここ瀬戸山一帯は、もとは広々とした原野であったが、明治19年ごろ、西彼杵半島の出津・黒崎や黒島から移住してきた信徒たちによって開墾され、やがて豊かな大地に変わって行った。

大正13年に着任した中田神父は、本格的な煉瓦造りの天主堂建設に情熱を燃やし、その建造を鉄川与助に依頼した。崖崩れにより死者を出すなどの惨事を乗り越えて、大正7年にロマネスク様式の煉瓦の天主堂が完成した。

大正12年9月1日の関東大震災で煉瓦造りの建物が壊れやすかったこともあって、昭和に入ると煉瓦造りは激減する。鉄川与助にとっても煉瓦造りの最後の天主堂となった田平天主堂は、玄関部の大きな矩形の塔屋など、大正5年に建造された五島列島の大曽天主堂と同じ様式で設計されている。

大曽天主堂のコピーと言ってもいいほど類似しているのに、異なった印象を受けるのは、天主堂を見るときに、まわりの風景との調和で見ているからではないか。大曽は、狭い斜面に海をすぐ横に見て立っていて、「群青色」の印象が強い。田平は、広い丘の上に海に向かって立っていて、夕暮れの 「茜色」の印象が強い