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要塞の島
1994年4月29日、北九州からフェリーで神戸港へ
渡り、平磯海づり公園で明治26年(1893)建造の平
磯燈標を撮影して、淡路島の北端に立つ江埼燈台へ向かっ
た。明石海峡フェリーは大混雑、予約をしていなかったた
め2時間待たされる。
淡路島北端に立つ明治4年(1871)建造の江埼燈台
を撮影したのち、津名港から大阪湾フェリーで紀淡海峡を
横切り対岸の深日(ふけ)港へ渡る。
その日は友ケ島の富士屋を予約していたが、予定が大幅
に遅れたため、友ケ島への最終便には間に合わない。事情
を説明して、和歌山城の夜景が見えるホテルへ宿泊する。
翌日、8時半の便で友ケ島へ渡る。加太(かだ)港から
友ケ島までは25分、港から島の最西端の燈台までは徒歩
で20分ほどかかる。途中にある富士屋に立ち寄り、魚貝
類の磯焼きを昼食に予約して燈台へ向かう。
友ケ島燈台は、慶応3年(1867)
幕府が兵庫の開港に際して、その設置を
イギリス公使に約束した5燈台のひとつ
である。幕府崩壊後、明治維新政府が引
き継ぎ、明治4年から5年にかけて設置
したが、友ケ島燈台は明治5年(187
2)にブラントンによって建造された。
紀伊水道の要・友ヶ島燈台

明治23年(1890)には、陸軍が海峡の守りを固め
るため要塞築いたが、この時、燈台を25mほど移動して
砲台を設置し、燈台直下に弾薬庫が設けられた。戦前まで
は600人余りが駐屯し、一般人の島内への立ち入りが禁
止されていた。
終戦から50年余、弾薬庫や砲台跡は次第に草に埋もれ
つつある。今では、亜熱帯植物が茂る自然豊かな遊歩道が
整備され、磯遊びやキャンプなどのレジャー基地となって
いる。
コウノ巣山の頂上にある展望台から見ると、眼下に燈台
と海峡を行く船、その背後には淡路島が横たっている。

紀伊水道の入口に立つ潮岬燈台
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