西海の灯台 対馬の灯台 豆酘崎、三ツ島、黒島

■豆酘崎 2015/5/12 PENTAX K-7


県道24号線の浅藻隧道付近から見た豆酘崎ミョー瀬照射灯。
明治42年(1909)に半島から1.2km南のミョー瀬という岩礁に設置され、豆酘崎灯標と呼んでいたが、のちに豆酘崎灯台に改称された。
昭和62年(1987)に半島突端の砲台跡に新しい灯台が設置され、この灯台が豆酘崎灯台となり、岩礁上の灯台は豆酘崎ミョー瀬照射灯と改称された。

この日、天気は回復に向かってはいたが、台風の影響で風が強かったので豆酘崎へ行くのをためらっていた。
その名に誘われて県道近くにある美女塚をたずねた後、やはり豆酘崎をたずねてみたいという気持ちになり5kmほどの道をたどった。

美女塚については、次のような伝説が残っている。
昔、豆酘に鶴王という美しい娘が住んでいた。
賢く親孝行な彼女は、あるとき采女(うねめ)として都へ召されることになった。
年老いた母を残していく悲しみに耐えられず、都へ上る日、この場所で自らの命を絶った。

采女は天皇の世話をする女官で、飛鳥時代には地方の豪族がその娘を天皇へ献上する習慣があった。
采女の 袖吹きかへす 明日香風 都を遠み いたづらに吹く という万葉集の志貴皇子(しきのみこ)の歌を思い出す。


美女塚。小公園になっていて、桜の頃はさらにきれいだろう。


砲台跡にたつ豆酘崎灯台。



 


半島の突端は、足を踏ん張っても体が揺れるほどの強い風が吹いていたが、何とか撮影することができた。

■三ツ島
2015/5/13 K-7
豆酘崎が対馬の最南端にあるのに対し、三ツ島は最北端にある。三ツ島の先に島はなく、対馬海峡を隔てて50km先は釜山。


韓国展望所から北を見る。正面が自衛隊のレーダー基地がある海栗(うに)島、右手後方に小さく見えているのが三ツ島。
この日は快晴だったが、湿った空気が入っているのか対馬海峡はもやっていて、韓国は見えなかった。


三ツ島灯台は昭和25年(1960)の建造。


韓国展望所から県道を少し東へ、落土(おてど)の集落にある「鮑の里」という看板が出ているうしろの浜から。

■黒島
2015/5/13 EOS 5D K-7
黒島は、対馬の中心より南、万関橋の東海上にある。東端にたつ対馬黒島灯台は昭和26年(1961)の建造。
海上からの接近は船をチャーターしなければならないので、姫神山砲台跡から展望したが、とてもきれいだった。


向こうが黒島、手前は折瀬山。折瀬山の折瀬鼻灯台は昭和53年(1978)の建造。






三浦湾の風景。左へ進めば万関瀬戸。