|
| 寅さんが歩いた風景 第19作 寅次郎と殿様 愛媛県下灘駅、大洲市内 2000/2/15取材 |
|
満男の節句の鯉のぼりのことでもめて、柴又を後にした寅さんは、愛媛県大洲で
ひとり旅の女性(真野響子)と知り合う。
翌日、寅さんは大洲城址で時代劇調で話す老人と出会い、妙にウマが合って仲良
しになるが、老人は大洲藩十八代目の当主・藤堂久宗(嵐寛寿郎)。寅さんは、殿
様の家に招かれる。
殿様は、息子と鞠子という女性との結婚に反対したが、鞠子に会ってあやまりた
いという。殿様は、寅さんに、鞠子探しを依頼し寅さんは気軽に引き受けてしまう。
やがて、殿様が突然、「とらや」をたずねてきた。それから数日後、寅さんが大
洲で知り合った女性が訪ねてきた。意外にも、彼女こそ殿様が探していた鞠子だっ
た。殿様は、亡き息子の思い出話に花を咲かせ、大洲へと帰っていった。
数日後、殿様の手紙を持って執事(三木のり平)が「とらや」に現れた。手紙に
は、鞠子を大洲にひきとり、寅さんも一緒に暮らしてほしいと書かれていた。だが、
鞠子の答えは、会社の同僚との結婚を予定している、というものだった。数日後、
大洲の殿様のお屋敷に寅さんの姿があった。 |
 |
この映画で忘れられないシーンがある。殿様と鞠子は「とらや」で会い心が通じ合う。夕暮れが
迫る江戸川堤を、鞠子に手を引かれて殿様が帰っていく。それを見送る寅さんとさくら。一幅の
絵を見るような素晴らしい映像だった。
関連ホームページ 伊予の小京都 大洲
■予讃線下灘駅
冒頭のシーン、「鞍馬天狗」の夢から
さめた寅さんは、予讃線下灘駅のベン
チの上。
駅員に「列車がきますよ」と起こされ
る。ベンチのむこうはすぐ海で、おだ
やかな伊予灘が広がっている。
おとずれたときは、寒気の到来で海は
荒れ、海から強い風が吹いていた。松
山へ通学しているのであろうか、高校
生が、車で送られて駅へ集ってきた。
■おはなはん通り
亡き夫の墓参りを終えた鞠子は町をぶらつく。
それが、おはなはん通り。NHKドラマでおなじみの
「おはなはん」が生まれたところ。100mくらいの
通りの両側は、明治の家並みで、壁のはげおちた土蔵
などが残っている。あまり手を入れていないので風情
がある。
■肱川(ひじかわ)河畔
鞠子は夕暮れが迫る肱川河畔に立って、ぼんやりと川面
をながめる。
肱川は鵜飼いで知られている。鵜飼いのシーズンは6月
から9月。シーズンオフのこの時期は、鵜飼い船や観覧
船が岸に引き揚げられていた。
■大洲城址
宿で、鞠子に出会い、鮎の塩焼きをごちそうし、
川魚の佃煮をおみやげにもたせた寅さんは、翌
朝、大洲城址へやってくる。
領収書を見ながら、塩焼きと佃煮の値段の高さ
をぼやく。そして、財布の中を調べている時に
500円札を風に飛ばされる。
風に飛ばされた500円札を老人が拾う。寅さ
んは、殿様のような口調の老人に、お礼にと、
ラムネとあんぱんをごちそうする。
鮎の塩焼きが600円、川魚の佃煮が1500
円。1977年当時としては、特に寅さんにと
っては、かなり高いものであったに違いない。
大洲城址はロケ当時と変わりはなかったが、寅
さんと殿様が出会う道は舗装されていた。今、
天守閣の復元計画が持ち上がっている。
大洲城址。右下は肱川、正面は冨士山(とみすやま)。
[余談]大洲城址のトイレは、まわり風景にマッチするようになまこ壁風に造られ、内部もきれいに
清掃されていた。ところが、入口にこんな貼り紙があった。
最近、このトイレにおいてペーパーの盗難が多発しています。不審
な人物を見つけた時は、ご通報願います。大洲市役所、大洲警察署
この貼り紙を見て実にがっかりした。
■南隅櫓付近
殿様が、「粗餐(そさん)をさしあげ
たい」と言って寅さんを自宅へ招く。
それが、現在の加藤家。すぐそばに
は、重要文化財の南隅櫓がある。
鞠子に失恋した寅さんは、再び大洲
をたずねる。殿様は寅さんをはなそ
うとしない。逃げる寅さんを、執事
とおまわりさんが追いかける。
正面に加藤家、その向こうに大洲城址の櫓、右に南隅櫓。
|