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寅さんが歩いた風景 第39作寅次郎物語 奈良県吉野、三重県賢島 |
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旅から帰った寅さんを、秀吉という男の子が待っていた。秀吉は寅さんの商売仲間の政とふで(五月みどり)という女房の間にできた子どもだった。飲む、打つ、買うの政にあいそをつかして、ふでは蒸発していた。その後、政は秀吉を連れ、サラ金からの逃亡生活を送っていたが、寅に頼れと遺言して死んだ。
寅さんは秀吉を連れて母親探しの旅に出た。ふでが和歌浦のホテルにいるという情報を得たが、訪ねたホテルにふでの姿はなく、今は吉野で働いているという。元気のない秀吉を励まし寅さんは吉野に着くが、そこにも、ふではいなかった。
その夜、秀吉は疲労と心労のため高熱を出した。たまたま隣室に居合わせた隆子(秋吉久美子)に後を頼んで医者を呼びに飛び出す。寅さんと隆子の必死の看護のかいあって、秀吉は翌朝には熱が下がり一命をとりとめる。
隆子と大和上市駅で別れ、志摩にやってきた寅さんは、ふでが病に倒れ療養中であることを知らされた。久しぶりに母子は対面する。寅さんは一安心し連絡船乗り場へ向かった。その後を秀吉が追ってきた。寅さんと一緒に行きたいという秀吉を叱りつけ、寅さんは船上の人となる。
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秀吉が夜中に高熱を出し、隆子が寝ずの看病をしてくれたこと
がきっかけで、寅さんと隆子はお互いを、とうさん、かあさん
と呼ぶようになる。
明日はお別れという前夜、隆子は寅さんの部屋をたずねる。
寅さん かあさんは、これからどうするんだい。
隆子 ちーさな車に乗ってぇ、八木、五條、橋本、そんな
旅がずうーと続くの。
寅さん かあさんも旅人(たびにん)なんだなぁ。
隆子 いつか、とうさんに会いたくなる時が来るやろな。
寅さん おらぁ一年中旅暮らしだから、いつだって会えるよ。
隆子 ほんと?
寅さん あぁ、ほんとさぁ。
■近鉄吉野線・吉野川橋梁
和歌山市のホテルで、秀吉の母親が
吉野にいるらしいということを聞き、
寅さんと秀吉は花の吉野へ向かう。
吉野で最初に映し出されるのが吉野
川。近鉄吉野線の大和上市・吉野神
宮間の吉野川橋梁を電車が渡ってゆ
く。
右手にある工場の煙が妙に印象に残
っていたが、おとずれた日も煙がた
なびいていた。
和歌山市のホテル、宇宙回転温泉〜北村荘グランドホテルは廃業し、巨大な廃墟と化している。
■八木屋翠山荘
和歌山市から吉野山へは、JR和歌山線で
約1時間40分、吉野口で近鉄吉野線に乗
り換えて吉野まで約30分、さらにケーブ
ルカーと徒歩で翠山荘まで行ったとして約
30分。乗り継ぎ時間のロスを入れて3時
間半くらいである。
なのに、寅さんはふらふらになりながら翠
山荘へやって来る。
勝手神社前にある翠山荘は、シーズンオフ
のため営業していなかった。
■金峯山寺仁王門と萬松堂
寅さんと隆子は散歩に出かける。仁王門で寅さんが仁王を見ていると、石段の下にある店の前から、
隆子が「とうさーん、甘いもの食べるー?」と言いながら、お団子らしきものを買う。それが、仁王
門前の萬松堂。

萬松堂のキャッチフレーズは「花より団子」。花の吉野で花より団子、というのが気に入って団子を買
った。3色の団子が串刺しにされたものが1本110円、ほんのりとした甘さだった。ここのご主人の
おすすめは、櫻の花が散りばめられた1本600円の櫻羊羹、これも甘さが押さえられていた。
■金峯山寺蔵王堂

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寅さんと隆子は、仁王門をぬけて参道を蔵王堂へと歩いてゆく。
ふたりは蔵王堂の縁に腰掛けて、秀吉の病気の回復を喜ぶ。ほのぼのとしたとてもいいシーンだった。
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■近鉄吉野線・大和上市駅
鳥羽へむかう寅さんと秀吉を、隆子がホームで見送る。隆子へ、「今度会うときには、もっとしあわせに
なってるんだぞ」と別れぎわに寅さんが言う。

翠山荘から最も近い駅は吉野駅であるが、隆子との別れの駅としては、大和上市駅の方がよかったのであ
ろう。確かに1987年当時の駅舎や駅前には風情があったが、今は改装され、駅前も様変わりしていた。
ただ、トンネルへと続く駅構内のたたずまいだけは当時と変わっていなかった。
■賢島 02.5.26 CAMEDIA
大和上市の駅で隆子と別れた寅さんと秀吉は、秀吉の母親が身を寄せているという鳥羽へむかう。

賢島の港。港のむこうの白い建物が松井真珠店。 映画の舞台になった松井真珠店。
映画では鳥羽になっているが、ロケされたのは志摩の賢島と鳥羽の二見浦。賢島へは近鉄志摩線があるが、
吉野から賢島へ鉄道で行くにはかなり複雑なルートをたどることになる。寅さんと秀吉はなぜか海からや
って来る。実際には賢島への定期船はなく、湾内を1時間くらいかけて一周する観光クルーズ船のみ。
無事に母親に会えた秀吉を残して寅さんは賢島を後にする。桟橋での寅さんと秀吉の別れが強く胸を打つ。
いつまでも心に残るシーンだった。
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