寅さんが歩いた風景
第7作
奮闘編
新潟県広神村、青森県深浦町、青森県岩木町 |
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寅さんが沼津で出会った知的障害のある少女、花子がとらやにやって来た。暖かく面倒を見るとらやの人々。
「私寅ちゃんの嫁っこになるかな」という言葉に寅さんはときめく。心配する周囲の人々。しかし寅さんの留守中に、生まれ故郷の青森から、面倒を見てくれていた小学校の先生がやってきて、花子は青森へ帰ってゆく。
意気消沈した寅さんは姿を消すが、数日後、寅さんから青森の消印があるはがきが届く。いやな予感をさせるような内容のはがきに驚いたさくらは、寅さんの消息をたずねて青森へむかう。 |
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■只見線越後広瀬駅 01/5/25取材
この映画のトップシーンがロケされたのは、1971年、雪の降る只見線越後広瀬駅だった。
雪のプラットホーム、集団就職で東京へ向かう中学生たちへ、「元気でな、しっかりやるんだぞ」
と声をかけて列車を見送る寅さん。しかし、うっかりして自分が乗り忘れてしまい、あわてて列車
を追いかけるが間に合わない。
ロケから30年、木造の駅舎は建て替えられ、駅名標も金属性のものになっていた。わずかに、プ
ラットホームだけが当時の面影をとどめていた。このあたりは豪雪地帯、雪におおわれた風景を想
像してみたが、眼前に広がる緑豊かな田園風景からは想像できなかった。

春は緑の田園の中のある越後広瀬駅のホーム。 ホームの端から上越線小出方向を見る。
■五能線驫木とどろき駅 05/10/25取材
寅さんの消息を追うさくらは、弘前で五能線に乗り換える。
さくら「トドロキはアジガサワの前ですか」
乗客 「ぁ、むこうになります」
さくら「先ですか」
乗客 「ぁ、先です」
という、ぎこちない会話がおもしろかった。ちなみにアジガサワという地名はあるが駅名はない。
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さくらが降り立った驫木駅。
ロケ当時の駅舎はもっと古ぼけた感じだった。現在の駅舎はその後建て替えられたものであるが、昔の駅舎と形や雰囲気が似ている。
さくらは小学校をたずね、花子と花子の先生に会い、寅さんの消息を確認する。
深浦町に確認したところ、ロケが行われた田野沢小学校は1971年に閉校となり、木造の校舎も取り壊された、とのことだった。 |
■千畳敷 05/10/22取材
小学校を後にしたさくらはバスに乗る。バスの窓のむこうには寒々とした海が見えている。千畳敷
では何か事故があったのか消防団の人たちが出ている。そのことが、さくらの不安を一層掻き立て
る。
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千畳敷はこのあたりではよく知られた景勝地。1792年の大地震で、海底の岩盤が12kmにわたり隆起し、一風変わった風景をしている。
映画ではこの岩場が映し出されていた。 |
■岩木山麓 05/10/22取材
さくらが乗ったバスは岩木山の南麓を走る。嶽温泉のバス停で寅さんが乗り込んでくる。
「死んだと思ったか。死ぬわけねえよなぁ。毎日ここにいるばあちゃんとねぇ、風呂へ入っちゃ背
中流しっこして、きゃっきゃきゃっきゃやってたぃ」と言う寅さんに、さくらは苦笑いする。
嶽温泉もたずねたが、ロケ当時の雰囲気は残っていなかった。
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さくらと寅さんたちを乗せたバスは岩木山麓を東へ走り去って行く。
というのがラストシーン。
正面に見えるのは根の山。ロケ当時は道路の右側は木がほとんどなかったが、その後、桜の木などを植林したようだ。
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