寅さんが歩いた風景 虹をつかむ男(1/2) 徳島県脇町 2000/2/15-16取材


 就職試験に失敗した亮(吉岡秀隆)は、アルバイトをしながら旅をしている。
亮が立ち寄ったのは、徳島県の光町。その町で、亮は、町の人たちに面白い映
画を観せたい、と心から願う館主・白銀活男通称活っちゃん(西田敏行)に出
会い、古ぼけた映画館・オデオン座でアルバイトを始める。

 活っちゃんは独身、近くに住む八重子(田中裕子)に思いを寄せている。八
重子は活っちゃんとは幼なじみで、活っちゃんのことを兄さんと呼んでいる。
一度結婚したが、夫を亡くし、故郷の光町へ帰って来て、観光客相手に喫茶店
カサブランカを開いている。

 そのような折、八重子を支えてくれた父親が亡くなり、光町にいづらくなっ
た八重子は、以前からの結婚話に乗り光町を去って行く。

 映画館の経営が限界に来ていた上に、八重子に去られた活っちゃんは、映画
館を閉鎖すると言うが、映写技師の常さん(田中那衛)が爪に火をともすよう
に貯めたお金を援助してもらい、映画館を続ける決心をする。

 亮は、柴又へ帰り、仕事探しを始める。
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     『虹をつかむ男』は、渥美清さん・寅さんへの追悼映画である。渥美清さんが元気であれば、第49作
     『寅次郎花へんろ』が作られるはずだった。高知を舞台にした兄弟愛を描いたもので、西田敏行さんと
     田中裕子さんが出演する予定だったとのこと。

     『虹をつかむ男』は、第49作に代わるものと位置付けしていいと思う。亡くなった笠智衆さんと太宰
     久雄さんを除いて、寅さんファミリーが出演している。亮の両親が、倍賞千恵子さんと前田吟さんとい
     うのもうれしい。

     この映画には、小津安二郎監督『東京物語』(53年)、木下恵介監督『野菊の如き君なりき』(55年)
     といった松竹の名作に加え、イタリア映画の『ニュー・シネマ・パラダイス』(89年)、『男はつらい
     よ』(69年)などが登場する。


 ■オデオン座(脇町劇場)

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脇町劇場は昭和9(1932)に芝居小屋として建てられ、歌舞伎や浪曲が催され、戦後は映画館となり、
    地域の憩いの場として親まれた。その後映画の斜陽化と建物の老朽化により平成7年(1995)に閉鎖し、
    取り壊される予定だたが、『虹をつかむ男』の舞台になり、一躍脚光を浴び、町指定文化財として昭和初
    期の創建時の姿に復された。

    オデオン座の車で土曜名劇場の宣伝に出かけた活男は亮に話しかける。

      ええか、どんなに素晴らしい映画が出来ても、それを映す人間がいなけりゃ何にもならんのや。
      それも、ただ映せばええちいうんやないんや。鮮明な画面、クリアーな音、快適な座席、これが
      全部そ
ろーてこそ、初めて、作った人の苦心がこー報われるんや。


    
土曜名画劇場で『ニューシネマパラダイス』を観たあとで。

      
活男 「八重ちゃん、どうやった、今日の映画」
      
八重子「何て言うたらええかな、イタリアいうたら遠い地球の裏側にある国やろ」
      
活男 「うん、裏側や」
      
八重子「その国の人たちが作った映画で、何で、四国に住むあたしたちが感動……」
    
  活男 「感動……」
    
  八重子「出きるんやろ」
    
  活男 「なー、これが映画や」

 ■白川写真館前・内田風雲堂薬局前

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    条件次第ではオデオン座で働いてもいいと思った亮は、活男と一緒にポスター貼りに出かける。白川写真館前
    でポスターを貼っていると、映画ファンの巡査が通りかかる。そして、活男が『警察日記』のシーンを身振り
    手振りで再現する。

    土曜名画劇場の宣伝で、薬局の奥さんが看板を立てているときに、内田風雲堂薬局の前を通りかかる。「便秘
    にもお気をつけください」とスピーカーで呼びかけながら走り去ってゆく。


 ■喫茶カサブランカ(料亭田おか)

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八重子が経営する喫茶店カサブランカ。うだつの町並みからひとつ北の通りにある料亭「田おか」がその舞台と
    なった。ここで亮と八重子がはじめて顔を合わせ、半田町へ移動映写へ行くときにはこの前を通り、八重子と言
    葉をわす。そして、活男が、父を亡くした八重子をなぐさめるためカサブランカの花を持って行き、その時八重
    子から結婚することを打ち明けられる。

 ■吉野川堤防

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活男が出した給料などの条件に不満だった
亮は、映画館で働くのをあきらめ、吉野川
の土手に座ってパンを食べている。

そこへ、犬の散歩をしている八重子が通り
かかる。八重子は、亮が映画館で働かない
ことを残念に思い、しみじみと亮に言う。

 活っちゃんはね、この町の人たちに、面
 白い映画を観せたい、ああ観てよかった
 なあ、そんな素晴らしい映画を観せて、
 お客さんが満足する顔が見たい、心から
 そう思っている人なのよ。

この言葉に感銘を受けた亮は、映画館で働
くことを決心する。

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ラストシーン。オデオン座の車が吉野川の
土手の坂道を登って行く。坂道の途中にバ
ス停の小さな待合所の建物があり、かばん
を下げた寅さんが出てきて、バスが来てい
ないか確認し、また建物の中に入る。

「敬愛する渥美清さんに、この映画を捧げ
る」という文字が画面に表示される。山田
洋次監督の思いが伝わってきて、何とも、
せつなかった。


 ■中野小学校

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    中野小学校はロケのすぐ後に廃校になった。手前が講堂。        映画が上映された講堂。

    廃校直前の小学校の文化祭で『禁じられた遊び』を上映するため、活男、常さん、亮、八重子の4人は、中
    野小学校へ向う。

    映画上映に先だち、活ちゃんがあいさつをする。

      リッセン君、きょうは、世界でも指折りの名画を君ひとりだけのために上映します。
      これは、すごーいぜいたくなことです。
      きょう見る映画を、一生おぼえておいてくださいね。そして、この映画を君の心の
      財産にして美しい人生をおくってくれれば、おじさんはそれで満足です。



    中野小学校は、脇町の西北部の山中にあった。狭く急な坂道をひたすら登った。中野小学校は、明治26年
    の創立、現在の校舎は昭和35年の再建である。

    小学校のそばで出会ったおばあちゃんは、「子供は今、下の岩倉小学校へ車で通っている。このあたりは、
    田畑と養鶏で生活している。住んでみると不便とは思わない。ロケにはこのあたりの人がたくさん参加し、
    集合写真が残っている」と話してくれた。