
ボタ山をバックに菜の花畑を行くコッペル32号(1976/4/24) |
石炭のふるさと筑豊から最後の炭鉱が消えてしまった。
九州の国鉄線上からSLが完全に姿を消したあとも、筑豊の片隅で煙を上げていた2両のアメリカン・ロコモティブと2両のドイツ・コッペルは、いま、庫の中で静かな余生を送っている。
「貝島を撮る」ことは、決して心弾むものではなかったが、今となってみれば、ただ、むなしさが残るばかりである。
四季折々の風景とそこで働いていた人々とともに、貝島の煙は消えることなく、私の心の中で、長い波紋を描きつづけるだろう。
『鉄道ピクトリアル』1977/6月号 |