寅さんの部屋に、長崎県平戸島から上京し電気会社の作業員をしている青年・良
介(中村雅俊)が下宿した。良介は近くの食堂で働く幸子(大竹しのぶ)に恋心を
抱いていた。それと知って寅さんは、デートを設定し良介に恋のコーチをした。
デートは失敗に終わるが、あきらめきれずプロポーズ。折悪しく幸子は、田舎の
母が急病で帰郷する寸前で、良介の言葉に返事をする余裕がなかった。それを失恋
と思い込み、良介はガス自殺を図り大爆発を起こし、平戸島に帰ってしまった。
良介を心配して平戸島に出かけた寅さんは、そこでみやげもの屋をしている良介
の姉・藤子(藤村志保)に紹介されて一目惚れ。例によって過剰気味の世話やき、
手伝いがはじまった。
そんななか、田舎から帰った幸子が、良介を好きだったと、さくらに告白したの
だ。良介は藤子とともに東京へ向かった。良介と幸子の結婚話はトントン拍子に進
んだ。しかし、寅さんの藤子への思いは実らなかった。
正月を迎えて、幸子は良介に連れられて平戸島を訪れた。そのころ、寅さんは旅
先でなつかしい旅回りの一座と再会、屈託のない笑い顔を見せていた。 |
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寅さんは、失恋したと思いこみ平戸へ帰ってしまった良介をたずねる。平戸島へ渡る前に、手袋をバイするのが浜尾神社。
映画では、バイしたあとに平戸島へ船で渡るので、本土の神社という設定であるが、実際には、平戸市の中心街から北へ4kmほどの海岸沿いにあった。
浜尾神社は、海に向かって立っていて、波打ち際まで石段がのびている。海からの神を送り迎えするためであろう。
寅さんがバイしたのは、右手の灯籠のあたり。写真で見ると結構広く見えるが、実際には狭いスペースなので、高羽哲夫カメラマンは苦心されたことだろう。
ロケが行われたのは1977年で、この年の4月に平戸大橋が開通している。
ロケは秋と思われるので、ロケ時点では橋は開通していたが、寅さんはフェリー風の船で平戸へやって来る。船で渡る方が情緒があっていい。
田助漁港の守り神・浜尾宮(99/9/29)

「御館」の石段からおみやげ屋「おたち」を
望む。正面は、平戸港と平戸城(99/9/29) |

松浦史料博物館前のおみやげ屋「おたち」(99/9/29) |
良介の姉藤子は、松浦史料博物館の石段の前でおみやげ屋
を経営している。店のなまえは「おたち」。平戸では、坂
をのぼりつめたところにある建物を「御館」(おたち)とよ
んでいる。この地では、今は松浦史料博物館となっている
松浦家住居をさしている。
店は美しく改築されていた。奥さんの話によれば、雨漏り
がひどくなり7年前に改築したとのこと。前の道路も1年
前に改修され、ピカピカの舗装道路になっていた。ロケ当
時の面影は全くなかった。
おみやげに、カスドースを買った。ポルトガル船によって
もたらされた南蛮菓子で、短冊に切ったカステラに卵黄を
まぶし、糖蜜揚げにしたものである。 |
藤子の家に泊まりこんで店の手伝いをする寅さんが、おみやげを仕入れて帰ってくる。
自転車に乗って、「憧れのハワイ航路」を高らかに歌いながら、幸橋(オランダ橋)の前を左から右へと走る。
平戸港にかかる幸橋は、国指定の重要文化財(99/9/29)
 
平戸を代表する風景。
1999年10月、ザビエル渡来450年を迎える平戸カトリック教会(99/9/29)
日曜日のミサに藤子と一緒にでかけ、その帰り道、二人が通りかかるのがこの坂道。有名な「寺院と教会の
ある風景」で、平戸を代表する風景としてよく知られている。
そのときの寅さんと藤子の会話。
藤子 「今日は教会にいっしょに来てもろて、どうもありがとう」
寅さん 「いいえいいえ、とんでもないですよ。しかし、日曜の朝の教会でお祈りするってのは、
何だか気持ちがすっきりしていいですね」
藤子 「じゃあ今度の日曜日もいっしょに来て下さる」
寅さん 「えっ、
い、いいですよ」
藤子 「そんなら、それまでこの島におって下さるとですね」
寅さん 「え、ええ、俺どうせ暇ですから」
藤子 「ああ、よかったぁ」
寅さん 「し、しかし、そんなに長い事お邪魔したんじゃご迷惑じゃないですか」
藤子 「どうして?そんなことなかとですよ。私はね寅さん、口べたで思うとることがうまく
伝えられんばってん、寅さんが来てくれたことば、どんなに感謝していることか。こ
れも神様のお引き合わせよ」
寅さん 「わたくしも何となくそんな気が…」 |