寅さんが歩いた風景
第37作 幸福の青い鳥 |
萩市平安橋、下関市赤間神宮、下関市忌宮神社、関門汽船門司港桟橋、
遠賀川沈下橋、飯塚市嘉穂劇場、田川伊田駅、神奈川県芦ノ湖 |
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筑豊の嘉穂劇場で、寅さんは昔ひいきにしていた旅役者一座の座長の訃報を耳に
した。焼香に行った寅さんは、残された娘・美保(志穂美悦子)に、商売物の青い
鳥の笛を渡し、東京へ出てくることがあったら柴又を訪ねるよう言い残した。
東京にあこがれる美保は、しばらくして上京し、チンビラにからまれていたとこ
ろを健吾(長渕剛)に助けられる。健吾は風邪でダウン寸前の美保を、住み込みで
働いている看板屋の二階の自室に連れてゆき休ませてやる。
元気になった美保は、とらやを訪れて寅さんと再会。寅さんの紹介で近くの中華
料理屋に就職した。一方、美保は展覧会で落選した健吾を慰めに行った。やけ気味
になっていた健吾は、美保に襲いかかる。それを振り切り、美保は外に飛び出した。
数日後、健吾は柴又に来てとらやに入る。ダンゴとビールを注文した健吾は、そ
こにいた寅さんに、失恋したことを見破られる。健吾は出前にきた美保に会い、先
日の乱暴をわびて帰ってゆく。美保の胸の中で何かがはじけていた。
新しい年が明けて、美保は健吾と婚約した。寅さんはそのころ、山あいの温泉場
で青い鳩の笛を売っていた。 |
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明和年間(1770年頃)建造の平安橋。
93/8/16 |
タイトルバックは、萩のお祭りの行列。行列が平安橋にさしかかると、橋のたもとで寅さんがポンシュウとバイしている。
寅さんがバイしているのは運動靴。バイを終えた寅さんとポンシュウが、夕暮れ迫る新堀川沿いを西へと歩いて行くところでタイトルが終わる。
つづいて、下関の赤間神宮に現れた寅さんはポンシュウと一緒にバイする。寅さんは石段の左手で鳥笛をバイ、ポンシュウは右手でコンピュータ占いをする。
寅さんは、コンピュータ占いで南の方角がいいと出たことから九州へ渡ることを決心し、ポンシュウとここで別れる。 |

安徳天皇をまつる赤間神宮。99/9/3 |
赤間神宮でポンシュウと分かれた寅さんが柴又へ電話するのが、下関市忌宮神社参道の茶店の赤電話。

茶店は今営業していない。
映画には赤いポストが映っていたが、自動販売機の向こう側にありこちらからは見えない。
27年前、自動販売機は今ほど普及していなかった。今はどこへ行っても自動販売機がある。
2014/1/2 EOS 5D
下関の唐戸から連絡船に乗った寅さんは、門司港桟橋で下関へ渡るテキヤ仲間のキューシューに会う。
ここでの寅さんのセリフ
俺とお前はお風呂のおなら
前と後ろに泣き別れ
当時の桟橋は、門司港駅を降りるとすぐ左手にあったが、今は埋め立てられて桟橋までの距離がはなれた。
寅さんは、門司港から列車に乗って飯塚へむかう。
門司港桟橋へ進入する最新型の連絡船。2000/2/28
門司港桟橋から場面が展開し、鉄橋を列車が渡っている。
当時はまだ国鉄であったが、伊田線の遠賀川鉄橋のようだ。
次のシーンは、寅さんが遠賀川に架かる沈下橋を渡ろうとしているが、橋の上で寅さんは後ずさりする。
橋の向い側から、馬に乗った人がやって来たからだ。寅さんは、こちらの岸までさがって道をゆずる。
バックに、黒田節をアレンジした音楽が流れる。ユーモラスな、いいシーンだった。

夕暮れの遠賀川に架かる沈下橋、右半分は補修されていた。このあたりに来ると、
遠賀川も水が流れているのは、川幅の半分にも満たない。99/9/18
寅さんは、飯塚への道を聞いて、嘉穂劇場の前を通りかかる。掃除をしているおばさんに、ちょっと中を見せてほしいと声をかけて劇場へ入る。
昔の芝居小屋は激減している。
わたしが今までに見た芝居小屋は、
秋田県小坂町の康楽舘
広島県上下町の翁座
愛媛県内子町の内子座
熊本県山鹿市の八千代座
福岡県飯塚市の嘉穂劇場
香川県琴平町の金丸座
「虹をつかむ男」のオデオン座も、かって
は芝居小屋だったそうだ。
筑豊の反映を今に伝える嘉穂劇場。99/9/18
柴又へ帰る寅さんを美保が見送るのが、田川伊田駅。
向かって左手の2番ホームで話をし、美保に鳩笛を渡す。そして、1番ホームに入ってきた折り返し運転の、筑豊本線経由小倉行きの列車に乗る。
ロケが行われたのは国鉄民営化直前の1986年であった。ホームにかかる木造の屋根は古びていて、風情
があったが、今は補修されていた。
現在は、1・2番ホームは平成筑豊鉄道、3・4番ホームはJR九州専用となっている。
田川伊田駅。
停車中の列車は平成筑豊鉄道のレールバス。99/9/15
ラストシーン。
芦ノ湖の遊覧船乗り場付近で鳩笛を売る寅さん。和服姿の着飾った娘さんたちとの楽しい会話がはずむ。
この映画と同じ年の1986年に「キネマの天地」で主役を演じた有森也美が、ちょい役で出演していた。

芦ノ湖に到着した頃には夕暮れが迫っていた。
ロケ当時と遊覧船乗り場の様子が変わっていたし、雲がかっていて富士山も見えなかった。02/9/24
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