| シネマ紀行 |
| 新・喜びも悲しみも幾歳月 |
| 京都府経ヶ岬、静岡県石廊崎、大分県水の子島、青森県尻屋崎、長崎県福江島 |
この物語は、昭和48年(1973)の経ヶ岬灯台から始まる。折から、石廊埼燈
台への転勤準備で忙しいときに、夫藤田芳明(加藤剛)のもとへ山梨から父(植木
等)がたずねて来る。父は、息子の勤務する灯台をたずねるのを楽しみにしていた。
妻朝子(大原麗子)と子供たちは列車で、芳明と父親は車で石廊崎へ向かう。途中
立ち寄ったお寺で一人旅の女子大生由起子(紺野美沙子)と知り合い、車に同乗さ
せ石廊崎までやってくる。
2年後再び石廊崎をおとずれた由起子は、灯台の人と結婚したいと、芳明たちに打
ち明ける。
それからしばらくして、経ヶ岬灯台で芳明と一緒だった長尾(田中健)が勤務する
水の子島へ由起子がたずねて来る。長尾は由起子が余りにも美人過ぎると、結婚を
あきらめるが、暴風雨の水の子島灯台で生死の境をさまよった結果、由起子との結
婚を決意する。やがて、長尾夫妻は尻屋崎へ転勤する。
昭和55年(1980)、芳明夫妻は八丈島へ転勤する……… |
 |
■京都府経ヶ岬
1994/11/3
経ヶ岬灯台は丹後半島の突端にある。この映画がロケされたのは1986年であるが、その2年後の198
8年、経ヶ岬灯台は無人管理に移行した。
映画では、朝子たちは駐車場から西側の道を歩いて灯台へ向かっていたが、1994年11月時点では駐車
場から東側の道が整備されていた。おとずれたのは11月初め。日本海から吹く冷たい風の中、暮れかかる
灯台への道を辿った日のことがなつかしく思い出される。

夕暮れ迫る経ヶ岬、灯りの点った灯塔が夕陽に染まる。
■静岡県石廊崎
1995/2/24
石廊崎へは、東海地方の西洋館の撮影のために、伊豆半島をたずねたときに立ち寄った。
連日、曇りの天気で、青い海を背景にした灯台を撮りたかったが、石廊崎も曇っていた。

この灯台は岬の先端の断崖に立っていて、非常に撮影しにくい灯台だった。
もう少し時間があれば、いい撮影ポイントが見つかっただろう。
■大分県水の子島
1995/8/7
水の子島灯台は豊後水道のど真ん中に立っている。鶴見半島の突端近くに旧官舎があり、官舎からも遥かか
なたに水の子島灯台が見える。白亜の旧官舎は資料館として活用されている。
水の子島へは、1995年8月の夏の真っ盛りにクルーザーをチャーターしてでかけた。鶴見崎から見ると
海面には薄い霧が漂っていたが、島へ近づくにつれ霧は晴れ海は凪いでいた。
近くで見る灯台は巨大な建造物だった。 関連ページ
東九州の灯台
 |

ヨーロッパの城のような堂々とし
た建築、左手に船着き場と石段。 |

旧官舎、今は資料館。庭には日時計。 |
■青森県尻屋崎
1995/5/4
尻屋崎をたずねたのは、1995年5月4日だった。九州からフェリーで大阪へ上がり、長野から福島へ
の古木を求めて移動した。山形、秋田を経て青森に入った頃、ちょうど弘前城の櫻が見頃で、周辺は大混
雑していた。
青森から下北半島を北へ、前日は花曇りであったがその日の尻屋崎はよく晴れていた。南の海を見慣れた
目には、はるばるやって来たという感慨と、北の海の色の深さにしみじみとした旅情を感じた。

下北はまなすラインから県道に入り、野牛海岸を行くと尻屋崎へ至る。
左は西海岸から、右は東海岸から。
■五島列島福江島・高浜海水浴場
2007/10/18 *istD
映画のラスト近く。
亡くなったおじいちゃんが訪ねた先で撮影したアルバムを焼却するように頼まれた孫が
、浜辺でアルバム
を燃やそうとするが、「これは俺のだ。おじいちゃん、もらっとくよ」と言って燃やすのをやめる。
その浜辺が高浜海水浴場。

|